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医師がいったん嘘をつくと、その嘘が次の嘘を呼ぶ

 

 嘘は嘘を呼びます。

 

 これは、医療にかぎったことではありません。毎日のように嘘をつく政治家が、嘘を正当化しようとしてさらに嘘をつくことになることは、多くの人がニュース等で知らされています。

 

 人間である以上、嘘を長く続けることは激しいストレスを伴います。その点で、アメリカで長い医療生活を体験した私は、患者さんに対してガンの告知をするのが日常であったので、ガンの患者さんの治療に際して、無用のストレスを感じることがなく、気が楽だったように思います。

 

 アメリカでは、老若を問わず、遺言を残すことが常識ですから、致命的な病気になる可能性の大きいガンの患者さんには、必ず、ガンの告知をしなければならないのです。なぜなら、ガンにかぎらず、いかなる病気でも、末期症状が表れると、人間として、自分の死後についての計画を作らなければならないからです。

 

 告知をしないということは、その人間としての最後の権利を侵害することになり、医師は医療ミスとして訴訟になれば、裁判で敗訴することは間違いないのがアメリカという国なのです。

 

 私も若いころ、研修医になって、死に直面する患者さんをケアする時に、その困難を感じながら、そのアート(技)を磨いていきました。医師になった以上、告知は、避けることのできない宿命なのです。

 

 最近になって、ようやくニッポンでも、告知を望む人が多くなってきました。医師たちのなかでも、ガンの告知が上手な人たちも増えてきました。言い換えれば、嘘をつけば、その嘘を正当化するために、また嘘をつかなければならないこと、さらには、よほど上手な嘘をつかないかぎり、先の渡辺さんの作品のように、患者さんを完全に騙すわけにはいかないことを、医師たちもわかってきたのでしょう。

 

 もちろん、非常に少数ですが、告知によって激しい精神的な打撃を被る患者さんには、軽率にガンの告知をすることは控えなければなりません。

 

 そうしたことを含めても、私は、ガンを告知する時に、絶望感を与えないのが、良い医師の条件であると思っています。

 

 「人間は、必ず、死ぬ」という宗教観を教え、ガンは人生の過程にあるひとつの現象として、患者さんに諭すのが医師の使命ではないかと思うからです。

 

 しかし、そうしたことを患者さんに伝えるにしても、その医師に対して患者さんが相当の信頼を置いていなければ、そうした説諭は通じない。患者さんは、医師に、アメリカでよく言わ  れるルネサンス的な人間像(豊かな人間性を持つ人)を求めているからです。

 

 「初めに言葉ありき」。まさに、医師と患者さんの関係のなかに、人間同士が信じ合える言葉が存在し、通い合うことが必要なのです。

 

 医業とは、この世でもっとも難しい職業かもしれませんね。

 

「あと何力月生きられますか」と聞かれても、医師に余命はわからない

 

 ガンが発見されて、それがすでに手遅れで各所に転移していたため、もう手術はしないと医師が決断する場合が多くあります。

 

 そんな時、患者さんの家族は、だいたい事情を飲み込んだうえで、「あと何年生きられるでしょうか」と主治医にしばしば尋ねます。そうした時、医師は普通、「六ヵ月もったらいいと思います」などと言うでしょう。これは、一種の「死の宣告」です。

 

 しかし、医師は、患者さんの死期を正確に千言できません。ですから、「六ヵ月もったらいいと思います」と医師があえて言うのは、「いつ亡くなるかわからないけど、自分の力づ少なくとも六ヵ月は死なせることがないように治療していきます」ということだと思ってください。なぜなら、余命六ヵ月と言っておいて、七ヵ月、八ヵ月生きていたら、患者さんの家族は、医師にそれだけ感謝するからです。つまり、医師にとって、それだけガンの患者さんの死期を予言することは至難の業なのです。

 

 私も、実は、それで大変な経験があります。

 

 私の患者さんで、中村美也子さん(仮名)という裕福な婦人がいました。実は、彼女は私の患者さんになる数年前に、乳ガンが見つかり、脇のリンパ腺に転移していました。そして、手術後、外科医は、彼女の余命は一年しかないと宣告しました。

 

 余命一年という宣告は、厳しいものです。しかし、彼女は、いったんは落ち込んだものの、やがて「どうせあと一年しか生きられないのなら」と、財産を始末し、英語の堪能な三十五歳の姪を連れて、六ヵ月の世界一周豪華客船クルーズに乗り込み、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、そして南太平洋をまわって、楽しい毎日を過ごしたのです。

 

 そして、一年目。彼女の病状はそれ以上進展することもなく、通院してきました。彼女は、「今年一年、また楽しもう」と、ハワイで覚えたフラダンスに夢中になり、二年、三年と元気ですごし、結局、外科医に「あと一年」と宣告されてから、なんと二十五年目に脳梗塞で亡くなったのです。乳ガンの進行は止まっていたのです。

 

 外科医の予言が、まったく当たらなかったおかげで彼女の人生に悔いはありませんでした。ただ、ひとつだけあったのは、彼女の姪が、世界旅行から帰ってきて五年目に乳ガンを患い、二年後に他界したことでした。

 

Watch your language, Doc!

 

 私は、中村さんの手術をした外科医と、彼女の姪を診た医師に、そう叫びたい気持ちでいっぱいでした。

 

 医師が発する言葉には、命にかかわるだけに、大きな責任があるということをもっとニッポンの医師たちは、わかってほしいと思います。

『名医発見』中野次郎(元オクラホマ大学医学部教授)著より