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クスリはいかにして患部に届くのか:プロドラッグなど

 

薬と人間の共同治癒。体内で完成する薬もある。

 

ちょっと専門的になってしまうが、飲み薬と注射薬・坐薬・吸入薬の違いというのはなんだろうか。胃腸に用いるものは別として、頭痛薬などはいったん吸収された後、血液内に成分が混じって脳に届くわけだから、血液内に直接流し込んでしまったほうが効果的なように思える。実は、経口摂取されたクスリというのはそのままストレートに患部まで届くわけではない。栄養分とともに経口摂取されると血液に入る前に肝臓を通過するのだが、「人体内の化学プラント」と呼ばれるように、肝臓には複雑かつ高度な代謝機能が備わっているため、ほとんどのクスリは初回通過効果を受けて効き目を落とされたり、変質したりしてしまうのである。とくに心臓病に用いられるニトログリセリンは肝臓による初回通過効果を大きく受けてしまうので、これを回避するべく、口腔から吸収される舌下錠や、湿布のように貼り付けて皮膚から吸収させる添付剤タイプで処方される。

 

 また、坐薬の場合も下大静脈から直接血液中に入り、肝臓を通過しない。近年では、肝臓の代謝や血液中の成分による変化によって、体内で有効成分に変質するタイプのプ囗ドラッグなるものも登場している。特に非ステロイド性消炎鎮痛剤には直接投与すると胃腸に重い副作用を引き起こすものがあるので、安全なかたちで投与して体内で本来の薬品に戻るロキソプロフェンナトリウムなどのプロドラッグが注目されているのだ。プロドラッグにはこのほか、吸収性の悪いクスリをいったん変質させ、後から成分の一部を分離して効果を発揮するものもある。

 

 さらに注射も血管内へ直接クスリを流し込む静脈注射や、注入部位の組織を通して毛細血管にゆつくり吸収させる筋肉内注射・皮下注射といった種別があり、吸収速度は静注↓筋注↓皮下注の順に遅くなる。映画『トータルリコール』のようにSFではよく、皮膚表面に押し当てて「プシュッー」と打ち込むピストル型注射器が登場するが、これを実用化するためには皮下注で静注以上の吸収速度を得られる技術を待たなければならないだろう。

 

 毛細血管への吸収が早いクスリといえば吸入薬。血液中の酸素と二酸化炭素を交換する臓器である肺は毛細血管の塊ともいえ、気体となってここから吸収されたクスリはあっという間に血液内に吸収される。これはタバコを吸う人ならば簡単にわかるだろう。一息深く吸い込んだだけで脳まで二コチンが届き軽いめまいを覚えるが、肺からの吸収というのは、それほどまでに早いのだ。

 

 クスリは患部にのみ効果をもたらすものではない。血液によって全身へとめぐり関係ない部位にも届いてしまうし、体内でさまざまな化学変化を起こしてしまう。血液内への「吸収」、毛細血管を通して患部へ届く「分布」、肝臓などによる「代謝」、肝臓から胆汁内へ、腎臓から尿内への「排出」。この4プロセスを、英語読みの頭文字を取ってADMEと呼ぶ。吸収と分布は主にクスリの即効性に、代謝と排出は主にクスリの持続性に、それぞれ関係している。クスリの開発・研究には吸収から排出までのADME過程を厳密に分析、コントロールすることが重要であり、我々の元へ届くクスリは形状ひとつ、用法ひとつとってみても、この過程がもっとも効果的かつ円滑になされるよう緻密な計算によるのだ。

 

 「ワサビ醤油にさっとつけて召し上がってください」と、いちばんおいしい食べ方を細かに教えてくれる料理人みたいなものである。開発者の心意気をくんで、クスリはできるだけ指示どおりに用いよう。

 

『知らなかった医薬品業界』造事務所著より