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第2次ヒロポンブーム

 

 

 勤労は美徳というか、日本人というのはどうも「バリバリ働いていないやつは人間失格」と考える傾向があるらしい。企業の就職試験でも受験でも「明るく前向きでパワーにあふれた人間」なんてのが求められていて、それじゃ低血圧で慢性偏頭痛持ち、毎日ぐったりしてるやつは生きる価値なしなのかと突っ込んでしまいたくなる。富国強兵政策がしかれた明治の頃からおよそ100年、社会はわれわれにひたすら働くよう求めているわけだ。そういえば戦後の高度経済成長を陰で支えた偉大なるクスリ「ヒロポン」のネーミングも、元は「労働好き」という意味であった。

 

 で、国民にヒロポンを投与することができなくなった現在、これになり代わって「労働者のための元気薬」として与えられたのがドリンク剤というわけだ。本音をいえばぐったりノビきって休みまくりたいところであるが、家でゴロゴロしているとテレビからは「ゼナで元気」だの「24時間戦エマスカ」だのと電波が流れてきて、「オレ、そんなに働きたくねえよお」とやりきれない気持ちになってくる。試みに「1日1本!」と(イテンションでかますタモリの手に、ドリンク剤の代わりに注射器を持たせてみればよい。事のヤバさが実感できるであろう。

 

 そう、ドリンク剤ブームとはつまり、ダークでヤバい雰囲気をクリーン路線へと変更した「第2次ヒロポンブーム」なのだ。もちろん常用しているからといって、中毒にもならなければ幻覚に悩まされたりもしないのだが、毎朝出社前に1本飲んでいかないとどうにも落ち着かないだなんて、これは立派な依存症といえるだろう(依存症というのは薬理作用による化学的なものばかりではない。飲むことが習慣化した結果「飲まないと不安」という状態に陥る精神的依存症もあるのだ。原理上依存を生じないはずのドラッグ「エクスタシー」に「中毒患者」がいるのも、こうした精神的依存が原因である)。

 

 いくら元気になる薬とはいえ、ほんとに毎日フルパワーで働き続けていたら体にガタがきても当然であるし、第一、そこまでして働き続ける人間の精神状態がマトモである-などとは到底思えない。

 

 ドリンク剤を飲んでまで「元気」になることが健康なことなのか不健康なことなのか……そのことについて、もっと深く考えてみるべきではないのだろうか。あの小さなビンに詰まっているのは健康ドリンクではない。「滋養強壮薬」なのだ。薬は本来病人が飲むもの。その「クスリ」にべったり依存しているわれわれは、まぎれもなく病人なのである。

 

 とはいえ、ドリンク剤なしでの労働生活がきびしいというのもまた現実だ。あんな薬を飲まないですむならばそれにこしたことはないのだけれど、飲まなければ飲まないで体がもたない。ほかに道がないからと副作用の強い抗がん剤を用いるのと同じではないか。結局のところ、サラリーマンに「ドリンク飲んででも働け」と強要しないですむような社会が実現しない限り、われわれは1日1本の元気を薬によって補充しなければならないのである。

 

 というか、よくいわれているように、単に日本人のクスリ好きが原因なのかもしれないが。元気いっぱいでエネルギーに満ちあふれている人間がさも立派であるかのように思われている一方で、風邪ひとつひかず、いくら耡いてもまったく疲れないような人間は「健康バカ」などと笑われたりする。1本飲んでシヤキッと元気になるというノリが主流である各社のCMとは裏腹に、目の下にクマを浮かべてドリンクをあける消費者の顔には「私、こんなに疲れてるんですよ。でも頑張るんですよ」とでも言いたげな、屈折した喜びがうかがえたりして、これでは健康でいたいのかそれとも不健康でいたいのかわかったものじゃない。

 

 おそらく、「病人意識のない患者」であるわれわれドリンク愛好家が求めているのは、眠気を吹き飛ばすだとか滋養強壮だとかの薬理効果ではなく、「疲れてるけど頑張る自分」を実感することなのではないだろうか。そう、ドリンク剤とは「頑張るためのクスリ」ではなく、「頑張らなきゃならない自分をなぐさめるためのクスリ」なのだ。そしてそのためには、飲んだ途端ガツンとした効果を実感できる、「効いた!」という感じが必要不可欠なのである。ドリンク剤でカツを入れるのは体ではなく、気持ち。よって、仕事途中の気合充填用にできるだけヘビーな手応えを与えてくれるドリンク剤こそがすぐれているといえる。重要なのは1日1本の滋養強壮効果を得ることではなく、1日1回気合を入れ直すことなのかもしれない。これは、前にもふれた風邪薬にもいえることだ。風邪をひいていてつらいけど休めない、だから頑張るために飲む。または、会社を休むときの免罪符のようなもの。医者に行き、注射を打ち、薬を飲んでようやく「休む」という罪悪感を軽減できる。国民にもっとも愛されているふたつの薬は、病気を治すため以外の用い方を強いられているといえよう。

 

『知らなかった医薬品業界』造事務所著より