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業界のイメージダウンに頭を抱える、まっとうな製薬会社

 

メーカーによって、確かにクリーン度に違いはあるようだ。不正に憤る製薬会社もある。

 

 製薬協のある役員は、数社の製薬会社による贈収賄事件によって、あたかもほかの製薬会社も同じことをやっていると受け取られることに憤りをあらわにしながら、臨床試験に対する謝礼の問題に関して次のように話す。

 

 「香川医科大学の問題のような問題が起こるたびに、製薬会社全部の治験に対する信頼がなくなってしまうんです。治験のときの費用が不透明であるという問題が、臨床試験の信頼を失い、患者さんたちがなかなか臨床試験を引き受けてくれないという現状につながっているのだと思います。だから、われわれは、文部省と厚生省に対して、費用のルールを明確にしてくれるようにお願いしたんです。文部省は97年2月に国立大学付属病院に対して通知を出し、治験担当医師に直接経費を支払わないことはもちろん、細かい経費の計算方法の積算方法まで決めました。治験を担当するのは大学病院がほとんどですから、私立大学病院についても同しような取り決めをすることで検討が進んでいます」

                      

 この文部省の通知によると、病気の重さ、試験物の投与期間、入院か外来かなどそれぞれの臨床試験によってポイントが決められ、臨床試験を実施した大学病院には、「ポイント数×6000円×症例数」が支払われることになる。

 

 こういった取り決めが今までなかったことに驚くが、やっと国立大学病院で、メーカーと医師との癒着の温床である臨床試験の費用の問題に取り決めがなされた段階だとすれば、国際的に通用する科学的な薬の開発など程遠いように思える。少なくとも、今売られている薬のほとんどは、多かれ少なかれメーカーと医師との不透明な金の行き来のうえに開発されてきたということではないだろうか。臨床試験全体を仕切り、最後に論文までまとめてきた「治験総括医」は、その道の権威といわれる大学病院の教授などが請け負うことが多いが、そういった「権威」たちはずいぶんおいしい思いをしてきたことになる。

 

 なにしろ、大手製薬会社の開発推進部長でさえこんな本音を語っている。

 

 「日本国内でこういう臨床試験をやると決まったら、大手の製薬会社なんかだと、だいたい総括医を頼む先生がその分野によって決まっていて、先生のほうも○○社さんの言うことならとか言って一生懸命やってくれて、なんとかゴチャゴチャやってうまくいったわけです。だからこそ、臨床試験に入ったものが厚生省でも承認を得られる確率が上がったわけですけど、これからはそう簡単にはいかないですね。

 

 だいたい、日本の臨床試験のデータは今までは質が悪くて世界に通用しなかった。患者の同意も書面できちんと取っているわけじゃないし、いろんなことの片手間でやったようなデータしかないわけですよ。だから、日本の臨床試験の結果というのは、今までは海外の有名な臨床医学雑誌に投稿してもほとんど受け付けてもらえなかったんです。

 

 それでも公表する義務があるから、日本の比較的(Iドルの低い雑誌に載せていたんですね。だいたい、日本では根回しして接待しないとやってくれないような先生もいるわけです。しかし海外では、臨床試験自体が非常にレベルの高い学問だから、画期的な新薬かもしれないということで臨床試験を引き受ける医師たちは純粋に研究として扱ってくれる。医師の側のそういう認識の差もあります」

 

 日本の臨床試験の多くは、国際的に通用するようなデータを得るような研究にはなっていなかったというのは、製薬会社内外で周知の事実のようだ。しかし、97年4月からは薬事法の改正により臨床試験をやるときには被験者となる患者の同意は書面で得ることが徹底されているほか、最初に被験者として登録した患者のデータはすべて出さなければいけないというデータ隠し防止措置が取られている。臨床試験の実施ガイドラインがきびしくなったのだ。各製薬会社で、国際基準に合わせたきびしいガイドラインが導入されつつある。いわば、科学的なデータを得て本当にその薬が効くのかどうか、安全なのかどうか、従来のものと比べて画期的なのかということを分析する当たり前のことが、日本でもやっとスタートしたというわけだ。

 

 ところが、こういった新しいガイドラインにのっとって、臨床試験を進めようとしている製薬会社は、頭を抱えるふたつの難題にぶつかっている。

 

 ひとつは、患者の臨床試験拒否が多くなかなか被験者が集まらないこと。そしてもうひとつは、医師たちが、直接報酬が入らないうえかなり厳密なデータを必要とする臨床試験を引き受けたがらない傾向が強くなっていることだ。今までホイホイ臨床試験を引き受けていたのに、ここへきて臨床試験を拒否するような医師たちは、今まで金のために臨床試験をやっていたのだろうか。それとも「ゾロ新」と呼ばれる、既存薬と作り方が多少異なり、あきらかに高い医療上の有効性がある「新薬」の開発ばかりであることに急に気がついて、嫌気がさしてしまったのか。いずれにしろ、このふたつの原因によって国内で臨床試験が行なわれにくくなっている。「臨床試験の空洞化」は深刻な状況である。