医者は一匹狼じゃやっていけない、正直者ではばかをみる 

 

 

 『ブラックジャック』よろしくメスさばきを買われ、あちこちの病院から破格のギャラで執刀を依頼されるという医師は、日本ではまず存在しえない。ほんとうにやられたら殴りたくなるが、某医大の研修医は、自分も「5000万。それだけ出せばオペを請け負う」とキメてみたいと笑っていた。腕前勝負の職人ノリ業界にあって、自身の才能を喧伝して高値を吹っかけるのは誰もがあこがれる「天才の役得」であるようだ。

 

 で、「たとえもうからなくても、メスー本に意地と信念をかけるんだ」と燃えていられる医師は、収入アップなど、はなから無視して外科手術の鬼となるのである。ちょっとイヤな話ではあるけれど、外科医になって5年くらい経つと「切りたがり」になる人が多いらしく、経験を積んだ自信と医学者としての研究意欲、「職人」としてのこだわりが働いて、「内科診察の検査で体力を消耗させる前に、とりあえずメス入れて直接確認したほうが結果として患者の体にいいんだ」などと論じる人もいるのだとか。建築でいえば「設計屋だのデザイナーだのにごたく並べさせねえで、オレら職人に黙って任せときやいいんだ」というノリに近い。この手のタイプだと、切ることそのものが精神的な報酬となっているので問題はない(大学病院ではたまに、教育熱心すぎてやたらていねいな解説を交えた外科手術を行ない、短時間ですむ手術を長引かせて患者の体に余計な負担をかける人もいるとの話だが)。

 

 しかし「とてもじゃないけど、こんな重労働やってられないよ」と嫌気が差してしまうと……グータラ医師が誕生してしまうことになる。外科を専門とする医師ならほかに選択肢がないのでそのままメスを振るい続けることになるが、内科・皮膚科などの領域で「楽に働きたい」との考えに取りつかれてしまった者は、たいていの場合親の跡を継いで開業医となり、風邪と胃痛の診察および大病院への紹介がほとんどというお手軽な道に走ることになる。完璧な治療だろうがオーソドックスな「それなり治療」だろうが、患者の支払額が一律だというのなら、大病院大幹部の肩書による超高収入には及ばないにせよ、経営を自分で管理できる開業医のほうがおいしいに決まっている。やはり問題となるのは、医師という職業の「おいしさ」が、薬価差益だとか裏金だとか、技能とは関係ないところでしか得られないところにあるようだ。

 

 精神的な見返り・・・・夢と理想に生きる充実感を何年何十年もキープし続けていられるほど恵まれた職場環境ではない。思い描いていた「医道」を過酷な現場環境の中で見失い、どんなに頑張っても正当に評価されることなどまずないこと、結局コネのある小悪党だけがよい目を見られるのだということを思い知らされていくのである。つまるところ、正直者がばかをみるというわけだ。

 

 「金持ちになれるかどうかは、医療技術ではなく政治的・経営的な才覚が勝負。医師として頑張っても名声と充実感以外に見返りがない」というのでは、より高度な技術修練を目指したり治療に完璧を求めたりする医師が出難くなるのも当然だろう。「高い能力を持った者ほど高い収入を得ることができる」というごくまっとうな自由競争がなされていないがゆえに、若くてきれいな看護婦を客寄せに使う商人医師や、向上心を失ったグータラ医師が増えるのである。患者にしてみれば自分の命や健康がかかっているのだから、「よい医者にかかれるなら金は惜しまない」と思うのが人情だ。

 

 消費者のニーズに応えようとすることで各種産業が発展してきたように、「よりよい医療」の実現には「腕の立つ医師ほど収入がよい」というシステムの確立が必要なのである。内科領域における「腕のよさ」としては、たとえば、ひと目見ただけで正確な診断を下し、適確な治療方法を選択できる、医療眼の鋭さなどがある。アメリカでは『TVチャンピオン』よろしく、何人かの研修医を集めてお互いに臨床能力の高さを競わせあうというテレビ番組まであるそうだ。「神聖なる医療をショーにするなんて」と眉をしかめたくなるが、しかし日本の医師に、公の場で医師生命とプライドをかけて勝負するだけの度胸があるだろうか。「腕前が見たいならいつでも見せてやる」と言い切るくらいの自信に満ちた、そんな医師こそが必要なのではないか。

 

 もちろん、だからといってアメリカのやり方が日本よりすぐれているというわけではない。たとえば軽いめまいで神経内科の診察(無検査)を受けた場合の初診料を比べてみると、日本の場合で2500円=社会保険本人負担額500円、アメリカで200ドル=約2万6000円と、とんでもない価格差がある。価格差を招く理由のひとつは病院運営費の違い。「訴訟大国」といわれるだけあって医療過誤がらみの賠償金請求が頻繁にあるため、それを支払いきれるだけの予算が必要になってくるのだ。統計によれば医療過誤保険にかかわる費用は、開業医の場合で年5万~15万ドル。大学病院などの組織に属する医師ならば割安な団体保険を利用できるのだが、それでも医師ひとりにつき年間1万5000ドル(外科医の場合)が必要だという。

 

 また、アメリカの医師は日本と異なり、論文よりも臨床経験重視の育成プログラムを受けているために総じて技術レベルが高く、一人ひとりの診察にも十分な時間と手間をかけるよう指導されているし、さらにホームドクターの場合は6年ごとの試験に合格しなければ免許更新が認められないなど、徹底した臨床技術向上策が練られている。

 

 つまりは「患者の医療費負担を増やしてでも安心・確実な高度医療を。医師にはきびしい修業と引き換えに高いステータスを」という方針である。対して日本では「誰もが安値で医療を受けられる」ことを理想としており、この結果、それなりの医療費でそれなりの医療が受けられる反面、患者には「医療レベルに高望みできない」というデメリットが、医師には「比較的楽に商売できるが、アメリカ医師ほど高いステータスを望めない」というデメリットが与えられるのだ。ともかく、ボランティアじみた感覚で働く医療狂いや楽してもうけようとするグータラ医師しか生み出せないこの現状をなんとしてでも改善していただきたい。そのためには医師のメイン収入を、「製薬メーカーからの裏金めいた見返り」ではなく「患者からのダイレクトな技能報酬」へと、シフトさせることが必要なのだ。

 

『知らなかった医薬品業界』より