医療英語の翻訳会社BEST3

医学論文・治験文書・症例報告書・医療機器マニュアルなどの英語翻訳サービス

国立呉病院における精神科医の関与の実態

 

               (リエゾン回診について)

 

 (1)精神科医が一般病棟へ一歩踏み出してみると…

 

 上記の問題、つまり精神科へ受診する前の段階にある終末期癌患者の精神的問題を抱える一般医、看護スタッフの相談に精神科医がのれないかと考えた.その具体的方策として当院では、平成元年4月からリエゾン回診というプログラムを実施してみた.

 

 リエゾンとは、架け橋とか連絡、連携という意味に訳されているが、看護婦に、精神科医がいち早く架け橋を架け、第2番目に精神医学的な患者の理解、対処方法を普及するというものである。

 

 アメリカの総合病院では、リエゾン精神科医という専門職がいて、約半世紀の伝統があり、患者だけでなく患者一家族、患者-スタッフ、時には意見の食い違うスタッフ間の関係をも扱うようである。わが国では80年代後半から急速に普及してきた。

 

 私たちがとった方法は、週1回一般の病棟へ精神科医が訪れ、その場で一般医、看護スタッフからの相談にのるというものである。それでは、過去1年間のリエゾン回診の当院での経験について少し述べてみる。

 

 リエゾン回診を導入する前後の1年間ずっを、精神科への依頼率で比較したものである。癌患者の依頼が0.6%であることは既に触れたが、リエゾン回診導入後1.6%に上昇し、かつ非癌患者の依頼率1.9%と差のない程度に増加した。

 

 続いて、各症例の依頼動機、精神科診断、依頼時期を見てみよう。

 

 リエゾン回診導入前は、依頼動機として異常行動というのが大半を占めていた。導入後は、不安、抑うつが新たに加わった。

 

 精神科診断は、大きく二つに分類されるが、不安状態、つまりこころや、患者を取り巻く環境に起因する心因・環境因のものと、錯乱状態、主に器質因によるものがある。導入後、心因・環境因による不安状態の患者の依頼が新たに加わった。

 

 依頼時期は、前後で変化なく、亡くなる1~3ヵ月前のものでほとんどを占められていた。

 

 以上のことから、リエゾン回診の一つの効果としてあげられるものは、対人関係という視点を導入したことで、患者を取り巻く家族、スタッフとの関係上の問題、つまり心因一環境因に基づく不安状態、抑うつ状態の依頼が増えたことである。

 

 (2)症例検討

 

 ここで、リエゾン回診導入後経験したある癌患者を症例提示したいと思う。リエゾン回診で依頼される約半分が錯乱状態(主にせん妄)であるが、この疾患は一見よく心因が疑われ、実際は器質因が大きく関わっていて、よく誤診され、そのために家族に大きな負担をかけるものである。

 

 〔症例18〕64歳、男性。肺小細胞癌 T4N3M1,ステージIV。

 

 プロフィール:旧制中卒後、約40年間、病院経理事務の仕事一筋にきて、85年60歳で停年を迎えた。性格は生真面目、几帳面、過度の責任感、小心で、健康には入念な配慮を行ってきた。停年後、一人娘は嫁ぎ、夫婦二人の生活を送っていた。 86年、検診で心電図の異常を指摘されて、以後月1回定期的に外来受診を続けた。

 

 現病歴I(初発症状から精神科初診に至るまで):

 

 89年12月、頑固な咳、喀痰、息切れ、胸部痛が出現。

 

 90年1月、胸部X線で肺癌が疑われ、主治医から本人、妻は「肺炎を起こしているようだ。入院治療が必要だ」と説明を受けた。

 

 90年2月2日(金)呼吸器科病棟に入院。・

   3日(土)入院時一般血液、生化学検査、胸水試験穿刺、喀痰細胞診。

   5日(月)気管支鏡検査。

   6日(火)頭部、胸部CT検査、肺機能検査。

   7日(水)骨シンチ検査。

   8日(木)24時間クレアチニンリアランス。

   9日(金)肝シンチ検査。

   13日(火)主治医から本人は「肺にできものがあり、その部分がただれているため、放置しておけば悪いものに変化する可能性があるので治療します。」という説明を受け、妻は「肺癌。肝臓に転移あり。化学療法の適応である。予後は悪い」という説明を受けた。

 

   16日(金)第1回目化学療法。以後、咳は減ったものの、微熱、嘔気、全身倦怠感に悩まされた。本人は周囲に配慮して無理して食事をとり、スタッフの目には訴えの少ない、いわゆる優等生に映った。その後、転移による上大静脈症候群が出現した・

 

   3月5日(月)6:00AM、表情険しく、囗、手をしきりに動かすが全く意味不明。 8 : 00AM、ニタニタ笑って体温計を上。げたり下げたりしたかと思うと、急に泣き出したり、床に横たわったりする。主治医は即座に患者を個室に転出させ、脳波検査、頭部CT検査を行った。3:OOPMr私は自分の頭がくるっていないのを証明しないといけない。今回入院した病棟は暗い。リンパ腺が腫れたり、治療(化学療法)の副作用とかで神経質になりすぎていた。素人は知らなくてもいいこと(検査、治療内容)は知らなくてもいい…」と念仏のように繰り返した。一方、付き添う妻は、夫の有り様に涙を浮かべていた。

 

 リエゾン回診で主治医から事前に相談を受け、精神医学的診断、対処方法、つまり精神科受診の是非が話し合われた。その際、精神科受診が家族に大きな衝撃を与えることを十分に主治医に説明をし、3月6日(火)主治医から妻に精神科受診の同意をとり、精神科初診となった。

 

 現病歴H(精神科初診から病棟カンファレンスに至るまで);

 

 付き添う妻の狼狽ぶりは大変なものであった。脳波検査では著明な徐波が認められ、患者の脳機能は著しく低下しており、認知機能の低下を特徴とする錯乱状態(せん妄)であると診断した。妻に対して「化学療法などの副作用により起こったものでー一時的なものである」と説明した。治療として、強力精神安定剤ハロペリドールを少量3 mg/日の内服投与を開始したところ、1週間でほぼ錯乱状態より軽快した。

 

 錯乱状態(主にせん妄)の診断と治療をまとめてみた。錯乱状態の把握に必要なことは、病像の主体が周囲に対する認知障害であるということである。初期には軽い物忘れ(記銘力障害)、見当識障害からはじまる。治療として、①部屋の環境調整や家族の面会を増やすことで解決するものから、②この症例のように強力精神安定剤ハロペリドール、0. 75~5 mg, 経口)を使用する場合があり、内服投与ができない場合は、ハロペリドール( 0.5~2. Omg:ただしIAは5 mg )の静注ないし筋注を行って、30分毎、鎮静効果が現れるまで評価しながら投与することが推奨されている。

 

 その後、妻から「一時は先生の精神科の病棟でお世話になるのかと思った」と言われた。約2W後の脳波は改善した。

 

 この妻の言動にはいろんな問題を含んでいた。入院後、迅速な検査があり、かつ患者には職業柄、医学的知識があり、その上「知りすぎると良くないですね」との患者の言動があれば、「患者が自分が癌であることにショックを受けておかしくなった」と妻が受け取るのも、無理からぬことであった。

 

 この経験から、主治医、病棟スタッフと私は多くの示唆を得た。その一つは、早期に精神科診断をつけることが早期の回復をもたらし、その後の妻の不安を大きく軽減したということであった。また、特に優等生タイプの患者とその家族には、「治療により一時的に情緒不安定になることがある」との事前の説明が必要であり、日頃のコミュニケーション、患者の心理状態の把握が必要であると思われた。

 

 (3)病棟カンファレンス

 

 主治医、看護スタッフで行われたカンファレンスの内容を、まとめてみよう。

 

 ①患者の優等生的態度の裏側にあるもの(心理):手遅れになってしまったとの後悔、怒り。無様な姿は見せられないし、妻に、ましてやスタッフにも迷惑はかけられない。癌患者ということで自分は一人前扱いされなくなるのではないかという不安、恐れ。

 

 ②妻の心理:癌の衝撃を共に分かち合えなかった寂しさ、自責感、怒り。

 

 ③スタッフの心理:患者に優等生を強いていたのではないかという自責感、怒り。

 

 その後の対応:今後も精神的問題を生じ易い条件(a.未整理の問題を抱えている。 b.2回目の化学療法が予定されている。 c.合併症が生じている。 d.個室で家族と二人きりになる)が揃っているため、患者に精神科医が支持的精神療法を行い、妻に看護スタッフ(病棟婦長)が支持的に関わることが決められた。

 

 以上、未だ短期的視野での精神科診断、治療に留まっているが、患者を取り巻く家族、スタッフを視野に入れたターミナルケアの実践には、なおチーム医療が重要で、スタッフ間の連携を益々促進し、またスタッフ間の心理、力動を解釈する必要性を感じている。

 

 (4)精神科への依頼時期

 

 最後に、リエゾン回診を行ってみて、癌患者の依頼数は上昇したものの、依頼の時期はほとんど死亡前1~3ヵ月以内のものばかりで、依頼時の問題は解決されないままのヶ-スが多かったという問題が残った。

 

 「それこそ身体的にも精神的にも致死的な苦痛を味わっている時期になって、初めて依頼されていた」ということになる。この点に関して、アメリカのリエゾン精神科医であるマッカートニーは、こう指摘している。

 

 「癌がキュアー、治癒されれば、精神的問題もいずれ解決されるであろう。その一般医の考えが精神科への依頼を遅らせる。従って、いよいよ致死的となった時点で精神科へ依頼されることになる。」と。