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終末期癌患者と総合病院の精神科医の関わり

 

 キューフラー・ロスの著書『死ぬ瞬間』が書かれて約20年がたった。当時の衝撃は幾分緩和されたものの、看護学校の授業に日常のごとく取り込まれて、一般の方にも例の心理過程の図はずいぶん馴染み易いものになっている。しかし、彼女が精神科医であったことは、もはや忘れ去られたのではないだろうか? もちろん、彼女の著作が多くの人々に普遍化できるほど素晴らしく、そのことを忘れさせるものだったのであるかよ現在のわが国の終末期医療の中で、精神科医は非常に馴染みにくいのではないだろうか。

 

 病院死が全国の死亡者の70%を占めるわが国では、人生の終末の時期をいかにその入らしく生きられるかが大きな課題となっている。一人でも多くの終末期癌患者が十分なケアを受けることができるように、つまり患者を支える家族、主治医、看護スタッフがより良いチーム医療を行えるように、私たち総合病院に勤務する精神科医の役割は重大で、期待されていると思う。そこで、わが国の総合病院での終末期医療のあり方を模索する目的で、私たち精神科医が行った過去の数々の試みや体験の一部を述べてみたいと思う。

 

 まずは、総合病院の精神科医の自己紹介から始めてみよう。

 

           Ⅱ.総合病院の精神科

 

 (1)第3の業務:精神科以外の科からの依頼を受ける(コンサルテーション)

 

 私たち、精神科医が癌患者さんと触れる機会は、精神科患者の入院治療、外来治療に次ぐ第3の業務、つまり癌患者の主治医(以下、精神科医と区別するために一般医と略す)からの依頼を受けるというコンサルテーション業務になる。従来はほとんどといっていいほど癌患者の精神的問題に関する依頼はみられなかった。

 

 ここで一般医から精神科医への依頼の問題を考えていく際、逆に精神科医から一般医への依頼はどうであったかを振り返ってみることにした。

 

 従来は第3の業務であるコンサルテーションがあまりないため、私たちは一般医との接触が常日頃なく、一般医とのチーム医療をあまり行っていなかった。その上、精神科の患者さんは総じて話下手というか、コミュニケーションが取りにくいという問題があって、こうした医者側の問題と患者側の問題のために、精神科の患者に身体合併症が生じても一般医への依頼に二の足を踏み、精神科医が患者を抱え込んでしまうという傾向があった。しかしながら、精神科患者の高齢化に伴い身体合併症が増加し、一一般医への依頼の必要性が高まってきた。一般医の先生へ密に連絡をとって精神科患者の身体合併症を一緒にみていく中に、どちらかというと消極的であった一般医の治療方針が徐々に積極的な治療に変わっていき、つまり先ほど触れた医者側と患者側の問題を克服していくと、初めて適切な治療が可能になっていくという印象を受けた。これが、総合病院でのチーム診療の良さであると気が付いた。

 

 私たちが先入観で作っていた一般医との壁を取り壊していくと、精神科患者が一般医の恩恵に浴することになり、そのお返しのように、一般患者の精神的問題に、私たちも関わっていくようになった([X11]。そこで、話を癌患者に戻そう。

 

 (2)癌患者に限って精神科へ依頼が少ない理由

 

 まず私たちが勤務する国立呉病院で、癌患者の精神科受診について統計調査を行った。

 

 癌患者の精神科依頼率はわずか0.6%、非癌患者は1.6%で、有意差があった。この傾向は、文献を調べてみると当院だけでなく、アメリカでも国内の総合病院でも、同様の傾向を示していることがわかったlべ。

 

 先ほど、精神科の医者、患者側の問題により患者を抱え込む傾向があると指摘したが、一般医の中にもそうした傾向、つまり癌であるが故の何らかの原因、ここでは精神科医と一般医の間に壁があるのではないかと考えたわけである。

 

 そこで、一般医と精神科医の連携を密にすることで、そうした問題の解決方法が見つかるのではないかと思い、基礎固めとして昭和63年度に、全国の一線のがんセンター、成人病センターに勤務する一般医(31施設、225診療科)と、臨床研修指定の総合病院に勤務する精神科医( 197施設)にアンケート調査を行った。

 

 (3)終末期医療における一般医と精神科医のチーム医療の実態

 

 終末期医療における精神科医の関与の必要性を一般医、精神科医双方に尋ねてみると、「時に必要」と答えたものが多く、一般医で60.1 %、精神科医で79.7%の回答があり、次に、「是非に」という声で、19.0%、14.4%あった。この結果から、一般医、精神科医双方が、10人中8人以上が終末期医療に精神科医が関与することを望んでいると理解した。

 

 次に、一般医に終末期癌患者の治療上困難を感じたことがあるか否かを尋ねたものであるが、最も多い回答が「時にある」で56. 3%、頻繁にある」13.1%を加えると、実に10人中7人までが困難を感じた経験があるということになる。

 

 では、実際の精神科医への依頼はどうなっているのであろうか。

 

 終末期医療に対する精神科医への依頼が「頻繁にある」と答えた一般医はわずか6.0%、時にある」29.4%と明らかに減少した。もちろん、問題があればすぐ精神科医へ依頼というのも無茶な話であるが、精神科医への依頼をしたことがない一般医31.2%、依頼されたことがない精神科医19. 0%というのは、多い印象を受けた。

 

 以上のことから、一般医と精神科医の間に壁があることがわかった。

 

 (4)終末期癌患者の精神的諸問題の分析

 

 続いて、一般医、精神科医に、依頼となる精神的問題を症状・問題別に尋ねてみた。

 

 上段が一般医、下段が精神科医に尋ねたものである。図の左から不安、抑うつ、不眠、異常行動といった患者個人の呈する問題では、一般医は治療上困難を感じ、また精神科医への依頼も多く、精神科医の側でも同様に依頼が多いと回答している。

 

 一方、対人関係上のトラブルはどうであろうか? 患者-スタッフ問のトラブルを筆頭に10~20%あるが、精神科医への依頼に至るケースはほとんどない。

 

 ここで特筆すべき点は、一一般医と精神科医がチーム医療を行う際に、患者個人といった視点に加え、対人関係といった視点からのアプローチも必要なのではないかということである。患者個人を中心に据えて、不安、抑うつ、異常行動といった症状があった時だけ精神科医へ依頼するとすれば、明らかに手に負えない状態になってからの依頼ということになるのではないかと思った。

 

 以上の結果を踏まえて、精神科のカルテを作って精神科を受診する前に、一般医やスタッフが日頃感じている患者、家族、医療スタッフの精神的問題、特に対人関係上の問題についての相談にのれないかと考えた。