終末期癌患者に対する精神療法的アプローチ

 

 終末期医療には様々な問題があるが、精神面への援助のあり方も重要な問題である。身体状況に基づく甘ん妄などの症候性精神病から、疾患を患ったことによる心理状況からの不安、抑うつなどの感情面の障害、さらには治療の拒否、自殺などの行動面での問題など、精神医学的問題は多彩である。

 

 当院の血液病センターという内科病棟では、主に白血病悪性リンパ腫などの悪性腫瘍疾患に対して、化学療法を中心とする内科的治療を行っている。そのため、比較的終末期医療に対する取り組みも熱心な病棟であり、苦痛を訴える患者への対応、精神的問題のある患者への対応なども、病棟の看護婦はある程度の自信をもって看護をしている。この血液病センターでは、従来精神的問題が起こりやすく、対応に苦慮する条件として以下に示すことなどをあげていた。

 

 ①青年期の患者:青年期は、自我同一一性の獲得、家族からの分離、社会的立場の獲得など、様々な発達課題があり、人格形成上重要な時期である。精神的に不安定な時期であり、分裂病の発疱、うつ状態、対人恐怖的心などの精神医学的問題が生じやすく、心理的葛藤がしばしば行動面の異常として発現することもよくある。青年期は、本来身体的には健康な時期であり、この時期に発症する悪性腫瘍は限られているが、血液疾患はその代表とも言える。青年期の患者の終末期医療は、壮年期あるいは老年期の患者とは、疾患の受け止め方に差があるので、対応の中で青年期心理の理解が必要である。

 

 ②再発あるいは再入院の患者:化学療法を行っている患者は、初回の化学療法の時は、比較的副作用にも耐え、治療意欲もあるが、2回目以降の化学療法時には、病気の慢性化あるいは再発を自覚するため、『死の恐怖』など心理的問題が生じやすくなる。一方では治療者の側では、患者を『欺く』後ろめたさも加わり、良好な治療関係が形成されないこともある。

 

 ③副作用・合併症の出現:出血傾向、感染症、脱毛などの合併症が起こったときなども、精神的に不安定となりやすい。患者は病気の治療により、新たに生じた問題には敏感に反応、不安、不眠などから時には錯乱状態など反応性の精神症状を起こすことがある。

 

 ④家族が付き添っている患者:家族が付き添うような場合は、身体的に重篤な状態になっているわけだが、それ以外の要因がある。まず、家族の存在により、看護婦と患者の関係が密接に行われない可能性がある。そして患者の心理と家族の心理が複雑に関係し、治療者の入り込めない特殊な雰囲気を形成してしまう。このような時、退行現象とか治療への不満や拒否など、行動面での問題が起こりやすい傾向にある。

 

 今回我々は、以上のような状況下にあり、看護婦の対応が表面的になりそうな、青年期の白血病患者の終末期に、臨床心理士によるカウンセリングを行った。

 

            症  例

 

患者は28歳の男性。診断は急性リンパ球性白血病

 

生育歴:父親は学校長で、家族全体が知的で感情を抑制する雰囲気。大学卒業後地方公務員となり、父親と協力して自宅を新築したばかり。性格は温和でまじめ、やや神経質で無口。

 

 現病歴:平成元年3月より発熱が持続し、4月にK病院でALLと診断されたが、本人には骨髄線維症と説明されていた。4回の化学療法が施行されたが、準無菌室での治療期間が長くなり、感情を表に出さず抑制的となり、医師の説明に反応して抑うつ的となったり、骨髄移植に過剰の期待を持つようになった。同年11月17日、骨髄移植目的で当院に転院した。 12月より高熱、疼痛が出現し、強化療法にて寛解状態となり、平成2年2月24日に一時退院した。しかし3月26日、発熱、食欲不振、悪心が持続するため再入院となった。

 

 開始前状況:骨髄移植が出来ないまま化学療法を中心に治療が行われていたが、様々な副作用が出現していた。軽い焦燥感が持続しながら、発熱し悪寒があっても解熱剤の使用を我慢していた。長期間休職していること、発熱間隔が短くなっていることなどの不安を時々看護婦に訴えていたが、全体的に訴えは少なく、苦痛を我慢しているという態度が目立った。

 

 【カウンセリングの目的】発熱、疼痛など身体的苦痛が強いにもかかわらず訴えが少なく、鎮痛剤などの使用を拒否し、我慢するという態度が目立つ。そして看護者との関係も表面的になっている。骨髄移植の目途もなく、化学療法の効果も少なく予後は不良であり、自殺などの行動化が予測され、今後の精神的支持が必要であり、臨床心理士の関与を依頼された。

 

 初 期:5月11日から1週間に1度の割合で定期的なカウンセリング(以下CO)を開始した。初回は、したいことができない辛さと、つい母親に当たってしまい、『病気は私の病気だから、私一人で耐えないといけないと思うが、とても難しい』と語る。そして「自分の身体がどんどん悪い方へ向かっており、不安だし焦りが出る。病気の目途を教えて欲しい。曖昧なままでいくのは自分の性格から耐えられない』とも訴えた。2回目は、発熱と疼痛増強のため中止。5月21日、主治医より化学療法再開の説明があった後、自ら洗髪を希望し「余りにも髪の毛が抜けるので、全部抜いてくれ』と訴え、『こんなに熱で苦しんでご飯も食べられない人は他にも居るんですか? 早く仕事に復帰したいですよ』と感情的に訴えた。看護婦は「もっと高い熱が頻回に出る人もいます。女子ではカツラを使用して学校へ行っている子もいる」と対応した。 3回目も、頭痛のためCOは5分間くらいで終了。この頃より看護婦に対して、治療効果と復職に関しての不安を訴えるとともに、『COは話すことがないレ言いたいことは両親に言っており、中止してくれ』と要求するようになった。5月30日、輸血終了後唐突に『渡辺謙はもう職場復帰したんですよ。どうしてでしょう』と言う。看護婦はカマをかけられているなと思いつつ「白血病渡辺謙がもう仕事をしているなら、それより軽い病気のあなたはもっと頑張りましょう」と答えた。 4回目では、『痛みがひどいが叫びたくなる程ではない。他の患者は大声を出すが、自分を見失うようで自分にはできない』と語る。6月7日には直接的表現でCOを無駄なことと訴えた。そして翌日の5回目では、治療スタッフに対する不満を爆発させた。『私は物ではなく、生きている生身の身体なのだ。みんな逃げている。数字だけでなにがわかる。もっと説明して欲しい。諦めてはいるか、口惜しい、悲しい、腹が立つ』などと訴えた。

 

 【カンファレンス】日頃押さえていた感情を患者が爆発させたことにより、看護婦には戸惑いと困惑が起こった。そこで、病棟スタッフに臨床心理士、精神科医を交えてカンファレンスを行った。ここでは、看護婦から素直な意見が出された。「最初は、手のかからない模範的な患者と思っていた。カウンセリングが始まって、苦痛を訴えたり、職員への不満を言うようになってショックだった」「優等生的な患者で、母親が付き添っていることもあり、援助の仕方が表面的であったと思う」「普通不満があれば言ってもらえると思っていた。自分達の接し方に甘さがあった」など、患者の表面的な態度に持っていた自分達のイメージと、患者の内面にある感情、心理とが異なっていたことによる戸惑いが主体であった。

 

 一方、臨床心理士からは以下のような印象が報告された。患者は、生育過程で家庭の雰囲気から、我慢すること、感情を抑制することを基本的な態度として身につけている。そのため苦痛、不安を表面的に訴えないため、カウンセリングとしての導入が極めて難しかった。また、母親が付き添っており、家庭の雰囲気が病室に持ち込まれてしまい、医療者への依存が起こり難い状況であった。死の告知がなされておらず、内面では予測しているであろう『死』をテーマとすることができなかった。など実際にカウンセリングを行っている立場での困難さを説明した。そして、今後の対応として次の事柄が確認された。カウンセリング初期の治療関係の形成時期で、患者の防衛の破綻で感情表出が行われた。訴えの内容である医療者への不満は、受け止めるべきことは受け止める必要があるが、余りこれを意識して患者を追求したり、自己嫌悪に陥らないように気を付ける。患者への直接的対応だけでなく、付き添っている母親への心理的援助が必要であり、これにより患者の精神的安定を計る。

 

 後 半:以後は死を予感し受容しようとする傾向が認められた。隣室の患者が死亡した翌日には、母親に『音がしなくなったね』と尋ね、酸素吸入の必要を説明すると「いよいよ重症ですね。そういえばIさんは亡くなったんですか? あの人も酸素をしていましたね。M君も急に亡くなったんですね。僕なんかまだ生きているから不思議なもんですね。こんなに輸血をして大丈夫ですか? 検査結果はどうなっていますか? 嘘をつかれて生きているのは本当につらいんです』と訴えた。 COは本人の身体状況もあり、母親の支持を中心に行われるようになった。 6回目は、本人が睡眠中のため母親と話をし、「この先どうなるかと思うとつらい。本人はもっとつらいだろうが…」と、患者の訴えを聞きながら励ます辛さを母は訴えた。そして7回目も母親の話を聴き、「この頃訴えてくることが少ない。本人は痛みを耐えているようだが、代わってあげられない」と母親なりの苦悩を訴える。 6月24日以降肺炎を併発したこともあり、せん妄状態を呈するようになる。8回、9回目では特にカウンセリングには抵抗を示さず、口数少なく「痛みには慣れっこになった。病気と戦うにもどうすればいいのかわからない』などと語り、臨床心理士が≪苦しいところに踏み込んで来るんだから耐えられんでしょうね≫と言えば苦笑い感情交流ができた。 7月8日死亡。患者は死に至るまで、『苦痛を訴えるのは自分を見失うこと』という自己規制が強く、自己の感情を抑圧する姿勢を貫いた。病名、予後については、家族の希望により患者には知らされなかった。

 

  【考 察】①青年期患者の終末期医療では、高齢者とは異なる青年期特有の心理・行動を理解する必要がある。死は人間にとって自分の存在が消滅するということで、絶対的な喪失を意味する。成長・獲得を目指す青年と、人生で既に何らかの喪失体験を有する老人とでは、死の持つ意味に相違がある。本例では、就職し父親と協力し家も新築し、そろそろ結婚も考えるという、順調に生活していた時期に急に発症した。そのため身体症状が重篤化しても余り死を意識することなく、ひたすら苦痛に耐え、健康に社会復帰することだけを考えていたと思われる。病前の自己抑制的な生活態度が入院後も持続し、痛みで叫んでしまうことや、鎮痛剤に頼るのは情けない自分になってしまうことと思っていた。病者が身体的苦痛を訴え、医療者に依存するという、通常許される退行現象もとらず、痛み・発熱に耐え、医療者への依存を拒否することで自己存在を確認していたと言える。しかし、内的には様々な不安が交錯していたと思われるし、感情のはけ囗が付き添っている母親だけという状況は、いつかは自殺などの行動化か起こると予測された。一方、患者のこのような態度は、看護者には我慢強く模範的な患者に映っていた。治療スタッフも若く、自分の内ビある死の恐怖から、無意識的に患者に頑張ることを要求し、表面的対応に終始し、患者の感情を受容することなく、死を否定し、嘘の対応をせざるをえなくなっていた。このように終末期医療の現場では、患者のみならずスタッフの青年期心理が作用することにも注意が必要である。

 

 ②青年期患者の家族、特に母親に対して、喪失体験・母子分離の観点からの援助が必要である。患者や家族の心理としては、病気と共に闘い、死への恐怖を共に分かちあう気持ちが働く。患者を見守っている母親は、患者の苦しみを「代われるものなら代わりたい」と思いつつ、自分では何もしてやれない無力感を感じて苦しんでいた。そして母親の息子の死を否定したい気持ちが、病名の告知をしてほしくないという気持ちに現れていた。今回後半のCOでは、母親の訴えを聞き、まず母親の感情発散をさせることで間接的に患者を支持することになった。患者への精神療法的な対応と共に、常に患者の家族への精神面の援助が必要である。

 

 ③COの初期に患者は、良い患者であり続けることができなくなる不安からCOを拒絶し、看護者には自分たちの関わりのほかに第三者が侵入してくることの戸惑いから、患者の拒絶を正当化する気持ちが働いたと思われる。 COを重ねることにより、種々の不安を言語化するようになったが、特徴的なことは、COの拒否、身体的な不安、将来への不安などを看護婦に訴えたことである。カウンセリング場面で直接表現するのではなく、看護婦への訴えが増大したことは、それまで看護婦に対して保っていた防衛がなくなったことを示している。日頃生活面での関わりの多い看護婦には、常に精神療法的対話が求められるのだが、患者自身の抑制の強いときには、その対応が表面的になってしまうことを看護婦の側で自覚しておくことが重要である。そして5回目のCOで職員への不満を爆発させたことにより、感情発散が出来、激しい行動化か予防出来たと思われる。そして後半では訴えも少なくなったが、初期のような拒絶ではなく、臨床心理士とも素直に感情の交流が持てるものへと変化した。今回のCOは、抑制的な患者の感情表出が出来るようになり、看護者もそれを受け止めることの出来るようになったという点で意味のあるものであった。

 

 ④終末期の癌患者への精神面への働きかけには、日常行われている行為の中での精神療法的対応が必要である。患者の心理評価だけでなく治療スタッフの心理状態を考慮出来る、第3者的立場での臨床心理士の存在と、病棟力動を考慮しながら適宜カンファレンスを行うことが重要である。そして本例のように『知らされない不安』を訴える患者に対して、治療スタップが充分な検討をしたうえで、病名告知を行った方が良かったのではないかと思われる。

 

               おわりに

 

 治療に対して拒絶的傾向のある青年期の白血病患者へのカウンセリングの実際を紹介した。精神療法とは特別なことではなく、日頃医療者が患者と対応する時に、患者の感情を受容し、支持する行為の全てが精神療法である。しかし症例によっては、その対応が通常の対応では問題のあることもある。最初にあげた問題の起こり、やすい条件などは、問題性を予見する基準と思われる。このような場合、精神科医、臨床心理士などの関与が必要であり、今後身体疾患病棟への精神医学的医療サービスの充実が求められる。