末期癌患者の終末期における消化器症状緩和について

 

 末期癌患者が終末期において訴える消化器系の症状の内容には、口腔内の異常(口臭、味覚異常など)などの比較的軽度のものから、食欲不振、腹満、嘔吐、下痢などといった日常生活にかなりの支障を及ぼすものまで種々含まれる。これらの症状のいくつかが同時に出ることもしばしばあり、またその程度も様々である。臨床家にとり、いずれの症状についても治療に難渋するものばかりである。しかしながら患者のQOL ( Quality of Life )の維持、向上をはがるために、これらの消化器症状を緩和せしめることは、極めて重要なことと言わねばならない。そのためには医療チームと家族とが協力しあい、あらゆる手段を駆使する必要があろう。

 

 ここでは、先ず末期癌患者の終末期における主な消化器症状と、それらの原因または要因となる病態および対策について簡略に述べ、消化器症状の中でも特に治療困難な消化管閉塞の問題につき、九州がんセンターでの経験をもとに論じたい。

 

     1.末期癌患者の肉体的苦痛について

 

九州がんセンターにおいて平成元年度に死亡した癌患者83名につき死亡前1~3ヵ月間における患者の肉体的苦痛症状の内容を、カルテの医師および看護記録より分析してみると、表卜こ示すように咽気、嘔吐、腹満、食欲不振、疼痛(腹痛)などの消化器症状が高頻度に見られている。特に消化器系統の癌の終末期において、これらの症状は著明に出現するが、腹腔外の悪性腫瘍の消化管または腹膜への転移によっても、当然ながらこれら消化器症状を生じる。

 

          2.消化器症状について

 

 私達が末期癌患者の終末期における診療に際して経験する主な消化器症状と、それらの発生要因の概略は、表2にまとめてある。この表からも明らかなように、癌終末期における消化器症状の原因となる病態は多種多様である。まず私たち、終末期癌患者の診療にあたる医師が理解しておくべきことは、患者の精神状態、特に不安、恐怖、抑うつ、孤独などが咽気、嘔吐、食欲不振、便通異常などの誘因となることが多いということである。従って、この精神状態が『癌』という病名についての懸念から生じているのであれば、治療の第一歩は病名の告知であるのかもしれない。

 

 このように消化器症状といっても、患者と医師、看護婦、家族の間の緊密な意志の疎通をばかり、個々の症状の真の原因または誘因を把握することから治療を開始することが肝要であろう。個々の症状に対する治療は、精神的要因に関連するものには、抗不安薬抗うつ薬などが、またはっきりした原因を除去できるような、例えば脱水や電解質異常には、輸液や電解質補正を行うことにより効果が期待できよう。しかし表に挙げた多くの症状は、いずれもその対処に苦慮するものばかりである。また表にあげた以外にも、まだ胸やけ、嚥下困難、出血、便通異常など、患者のQOLを著しく低下させる消化器症状も多いが、これらについてはここでは割愛させて頂くことにする。

 

          3.消化管閉塞について

 

 消化管の内容の移送を妨げる腸管の閉塞(食道、胃などの上部消化管の閉塞は除く)は、機能的な原因によっても起こりうるが、ここでは、器質的原因によって生じる部分的および完全閉塞についてとりあげる。著者が九州がんセンターで調査検討した結果では、肉体的苦痛の中でも、最もひどく、また治療に難渋したのは、消化管閉塞によりもたらされる諸々の症状であった。閉塞の原因は、ほとんどの症例で癌性腹膜炎(癌の腹膜播種)であり、さらに治療への反応を妨げていたのは閉塞が多発性にみられたことである。即ち、癌性腹膜炎→多発性腸管閉塞→腹部膨満→腹痛→嘔吐、便通異常といった一連の流れが、典型的な消化器症状の発生パターンとなっていた。なお過去10年間に九州がんセンターで経験した癌性腹膜炎177例中、消化管閉塞を来した症例は73例( 41.3% )と高頻度であった。

 

 以下、当院での各治療別の成績につき述べる。

 

 1)癌性腹膜炎による消化管閉塞に対する内科的治療

 

 内科的治療は,外科手術の適応にならないか,手術を拒否した19例に対して行われた。治療の内容は,中心静脈栄養を行い,胃管または腸へのlong tube を挿入することにより消化管の減圧をはかり,さらに,薬剤(制吐剤,鎮痛剤,鎮静剤,鎮痙剤,排便促進剤,ステロイド剤,抗癌剤など)を使用したり,腹部の温湿布やマッサージ,放射線治療などが試みられた。その成績は,症状の改善したもの,PSの改善したものがそれぞれ15.8%,食事摂取可能となったもの26.3%,退院したもの5.3%となっており,満足できる成績ではなかった。しかしながら,抗癌剤による化学療法を行い得た症例の4例が4ヵ月以上生存した。

 

 2)癌性腹膜炎による消化管閉塞に対する外科治療

 

 最近10年間に当院において消化管閉塞の診断にて開腹手術を受け,その原因が癌性腹膜炎(胃癌取扱い規約におけるP3)であった54症例を対象として,その成績を検討してみた。原疾患は胃癌33例,結腸,直腸癌8例,卵巣,子宮癌9例などとなっていた。男女比は5:4,年齢は25~81歳であった。

 

 手術術式についてみてみると,小腸一結腸バイパスが最も多く22例に,次いで小腸一小腸バイパスが19例,人工肛門造設術15例,腸切除13例となっており,さらに10例では腸外瘻造設,胃腸吻合,結腸一結腸バイパスが同時に行われていた。その成績については、PSの改善したもの35.2%、症状の軽快したもの38.9%、食事摂取可能となったもの46. 3%であった。一方、合併症は18.5%に起こっており、1ヵ月以内の術死は16.6%、生存期間は1~12ヵ月(平均3.5ヵ月)となっていた。

 

              考   察

 

 以上述べたように外科治療の成績は、期待とはほど遠かった。歴史的にみて、私たち臨床家が教えられた消化管閉塞症例への正しい対応は、まず病歴、理学的所見を把握した後、腹部X線写真をみて外科医に相談し、直ちに、またはしばらく経過観察の後、手術治療を選択することであったと理解している。し力ゝしながら、その上うな方針に基づいてなされた外科治療の成績が、既述したごとくである。もちろん、対象となっている患者が高度進行癌に罹患しており、全身状態も悪く、手術危険度も高い症例が多かったのは事実である。それにしても、これまでの外科治療成績の検討結果から言えるのは、対象が末期癌患者である場合、手術治療の選択にあたっては極めて慎重に対処する必要がある。

 

 元来、消化管閉塞に対する手術の基本的適応は、閉塞によって起こる腸管の循環障害、壊死を防ぐためであった。著者らが内科的治療をした症例の中で、治療中閉塞による腸管の壊死性腹膜炎などを併発した症例は1例も經験しなかった。このことからも、手術治療を急いではならないと言えよう。

 

 私共は現在では、かかる症例に対しては最初、抗癌剤を含めた内科的治療によって経過を観察することにしている。特にシスプラチンの全身または腹腔内投与は有効であった。著者らの行ったシスプラチンを併用した癌性腹膜炎症例の成績については表3に示してある。今後、抗癌剤を癌の治療薬としてだけではなく、症状緩和を目的とした対症療法薬としても積極的に用いることを考慮している。癌の末期において抗癌剤など用いるとは…と、終末期癌患者の診療にあたる臨床家に非難をうけるかもしれないがそれなら彼らに問いたい。消化管閉塞による腹部膨満、腹痛、嘔吐がいかに苦しいものであるか、その上うな患者をいかなる方法でケアするのかと。消化管が高度の進行癌に侵されていても、症状を軽減することにより、多くの患者は、まだまだ人間らしい生活を過ごし得るのである。