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良いホームドクター(主治医)選びの条件

 

 もちろん、アメリカのような客観的に判断できるデータベースが存在しませんから、はっきり言えば、患者さんが自分の力で良い医師を選ぶことは困難だということです。しかし、「良医」を選択できないと悲観することはありません。

 

 どの国にも、いろいろな社会的な困難にもかかわらず、素晴らしい医師は存在しているのです。そうした医師をどうしたら見つけ出すことができるか、そこに患者さんの「命」がかかっていると思って間違いありません。

 

 そこで、私は、ある条件を考えてみました。この条件をもとに、患者さんたちは努力して探せば、信頼できる、良いホームドクター(主治医)を見つけることが可能だと信じます。

 

信頼できるホームドクターを選ぶ条件

 

A初診前に患者さんが求めておくべき医師の情報

 

  (1)「名医」より「良医」を探すことが大切。その際、学歴よりも職歴を知ろう。

 

  (2)友人や知り合いの医師や看護婦さんによく聞いてみて、評判のいい医師を探す。

 

  (3)賭博をする医師、ゴルフに夢中の医師、アルコールや薬依存および喫煙する医師は除外。

 

  (4)不倫の噂がある医師や、家庭が円満でない医師は避ける。

 

  (5)威張る医師、不親切な医師、冷たい事務的な医師は前もって回避する。

 

B最初にかかった時の医師の印象等による判断基準

 

  (1)医院、特に診察室が清潔で、整頓がゆき届いているかどうか。

 

  (2)事務員さんや看護婦さんが礼儀正しく、親切で優しいかどうか。

 

  (3)予約しか診療時間通りに、快く診てくれるかどうか。

 

  (4)医師のふだんの身なりが清潔で、服装が派手でないかどうか。

 

  (5)医師が初診で自己紹介をし、決して威張っていないかどうか。

 

  (6)問診、診察もていねいで、患者さんの言い分をよく聞いてくれるかどうか。

 

  (7)視診、触診、打診、聴診の順に、ていねいに全身を診てくれるかどうか。

 

(8)診察の後、はっきりと診断結果を告げ、診療プランを提示してくれるか、どうか。

 

(9)患者さんの質問に満足するまで説明をしてくれるかどうか。

 

(10)生活習慣を改めない患者さんに対しても つねに励まし、ときには叱ってくれるかどうか。優しさを売り物に甘い言葉で騙す医師には注意。

 

(11)頼めばカルテを開示し、検査結果のコピーをくれたり、海外旅行の際に、診断書、服用している薬の一般名を英語で書いてくれるかどうか。

 

(12)自分が手に負えない場合、患者さん側から言わなくてもほかの医師のコンサルテーション(対診)を依頼するか、専門医を紹介してくれるかどうか。

 

 以上が患者さんが数多くの医師のなかから、自分の体のことを本当に心配してくれるような信頼できる医師を選ぶ「基準」ですが、ここで注意すべきは、医師も人間ですから、ときには、一時的に不覚にもこれらの条件を満たさないことがあるかもしれないということです。ですから、たまたま、これらの「良医」すべての条件に当てはまらないからといって、それだけで医師を判断することは危険です。

 

 やはり、本当に信頼できる医師を見つけるには、長い問、医師を見ていることも肝心で、そのことによって、より医師の人間像が明確になり、信頼が厚くなることも多いわけですから。

 

 次に、医師側は、どんな理想像を持ち、患者さんやその家族のためにどのように尽くしたいと思っているか、そのあたりを探ってみましよう。

 

C医師が考えるホームドクターの理想像

 

  (1)患者さんと家族についての健康問題のみならず、家庭問題までも熟知しているが、プライバシーを遵守し、彼らの医療間題について家族にも話さない。

 

  (2)挨拶をし、優しいが、患者さんの治療や服薬を遵守しない習癖、喫煙、暴飲暴食、肥満症などに対して、その悪習慣を親のような気持ちで叱責する。

 

  (3)クリュック(診療所)を整理整頓して、静かな音楽を流し、絵画や芸術写真を壁に掛け、医療雑誌、テープ、ビデオを待合室に設備し、来診する患者さんに、待ち時間を快く過ごせるような工夫をする。

 

  (4)時間の許すかぎり、ボランティアとして定期的に大学病院または研修医指定病院で、医学生、研修医のベッドサイド臨床医指導をする。

 

  (5)病院、医師会、大学での持続医学教育に出席して、絶えず医学の進歩を勉強する。たいていの医師たちは、ランチョン(昼食)会議に出席する(アメリカでは、救急室以外は正午になると、すべての診療所、医院、外来が閉鎖されますから、昼食時に医師が集合することが可能であり、ランチョンーミーティンダが多い)。

 

  (6)患者さんや家族の診療のみならず、家族問題の相談に乗るカウンセラーの役割も果たしたい。患者さんの冠婚葬祭にも参加したいし、自分か死を看取った患者さんの葬式  には必ず参列する。

 

  (7)ライオンズークラブや患者さんの会などの、社会奉仕、慈善事業や運動に、積極的に参加するように努力する。そして、市民医学講座などに参加して、講演する。

 

 患者さんの信頼を勝ち取るために、こうした数々の理想像を持っているだけでなく、これらを実践している医師もたくさん存在していると思います。意外にあなたの身近にいるかもしれませんから、こうしたいくつかの「基準」を参考に、自分の「良医」を見つけてください。

『名医発見』中野次郎(元オクラホマ大学医学部教授)著より

 

医師を選ぶ条件は、学歴ではない!

 

 医療に関してつねに真摯な医師は、ラーブ教授ばかりではありません。世界各国には、く

さんいると思います。

 

 彼らは、患者さんに対してだけでなく、医学生をはじめ、医師養成、病院経営に至るまで、医学そのものに対して真剣に立ち向かっています。「医師とは何であるか」という根本的な原点に立ち、すべての人類の健康のために、わが身を挫けている彼らこそ、私は「名医」だと思っています。

 

 ニッポンでは、よく売れている週刊誌に、しばしば名医の名前、勤務先の住所、電話番号のリストが発表されます。あれはどれほど役に立つのでしょうか。

 

 それらの医師が、本当に高度の医療技術を持つ、立派な人格者なのでしょうか。

 ニッポンの医師は、どこの大学の出身であるかは明白ですが、卒業後、どれだけの研修をど

こで受けたかはまったくもって不明です。ましてのこと、あなたの言う「心あった「医師」で

あるかどうかなど、わかるはずもありません。

 実は医師を選ぶ大切なポイントは、職歴です。医師がどの病院で誰の下でどのような訓練

を受けてきたかという「職歴」がどれだけ大切かを、まず患者さんは知っておいてください。

 ニッポンの患者さんたちが「この先生は有名な大学病院の医師」だから、という理由だけで

診療を受けるから、失望することも多いのです。

 しかし、これもニッポンでは実は無理な相談なのです。仮に病院が素晴らしい医師を雇おう

としても、医師がどのような技術をそれまで習練してきたか、調べようにもそうした制度が二

ッポンにはないのですから、仕方がありません。

 医師の技術の点では、ほかの文明国の医師のように、認定された研修医の制度がニッポンに

はまったくないと言っていいでしょう。立派な一般内科医のみならず、立派な専門医になるの

には、アメリカやイギリスの医学界のように、系統的な研修医養成制度が不可欠なのです。ところが、ニッポンでは、厚生省も日本医師会も医学部卒業後の研修医制度を作らないから、各医師の職歴、臨床経験能力が不明であることは、ニッポン人である私にとっても本当に嘆かわしいかぎりなのです。

 

 ニッポンの医師たちが「学歴」だけで勝負していて、患者さんにとっていちばん大切な「職歴」がなぜないか、一般内科医のこんな例で説明しましょう。

 

 現在のニッポンの内科医は、医科大学あるいは大学医学部を卒業すると、ただちに「医局」というところに入ります。ですから、もし、その医局が同じ内科でも消化器専門であったなら他の臓器の疾患について、ほとんど高度な専門的な教育を受けていないと言っていいでしよう。

 

 こういう医師は、病院の救急室で宿直の夜、心不全の患者さんが瀕死の状態で救急車で運ばれてきても、「私は消化器専門医だから、心臓疾患の治療はしない」と言って、診療を拒否するかもしれません。実際、よく救急の患者さんが病院をたらいまわしにされるのは、こういうことが原因なのです。

 

 これは、本で読んだことですが、ある時、有名大学の喘息専門の教授の診察を受けに、喘息の発作で苦しむ子供が来院しました。すると教授は、その患者さんの親にこう言ったそうです。

 

 「私は大人の喘息の専門ですから、子供の喘息は診ません」と。

 

 有名大学の教授だから、信頼できると思ったのに……と患者さんの親は喘息で苦しむ子供の前で、どうしていいかわからなかったそうです。

 

 医師法では、医師は外来に訪れた患者さんを診ることが義務づけられていますが、あまりにも専門が細かく分かれすぎているために、専門外だと診療を断る医師も増えてきます。

 

 同じ喘息でも大人の喘息専門、子供の喘息専門という部分まで専門化してしまっていいのでしようか。

 

 厚生省、医科大学、大学医学部も専門医を育てる前に、まず能力ある一般医を育てあげる

カリキュラムを作る、べきですし、それに沿った研修医制度を確立すべきなのです。このことにまったく無関心なのには、私は驚きよりも大きな怒りを感じます。

 

 また、アメリカの話を書くと、顰蹙を買ってしまいそうですが、アメリカでは一般外科医

として認定されるまでには、五年の問、いろいろな手術を習得しなければなりません。

 

 その手術は、たとえば、虫垂炎胃潰瘍、硬膜下血腫、胆石、腎結石、大腸炎、子宮ガンなどですが、こうした、よく起こる多くの外科疾患の手術ができる外科医になってはじめて、一般外科医として認定されるのです。もちろん、心臓疾患、脳外科の手術は、さらに三年、四年の訓練を受けた外科医でなければなりません。

 

 『誤診列島』でも書きましたように、アメリカでの内科医は、最低三年間、消化器科、循環器科、呼吸器科、内分泌科、アレルギー科、関節科、神経内科、血液ガン科などのすべての領域を巡回して、内科全体の診療治療の能力を育む教育を受けなければなりません。

 

 このような医学教育制度(研修)により養成された医師は、患者さんの臓器だけの疾患を診察するだけでなく、体全体を診察します。いわゆる、患者さんの全体を診て、そこから診断を下すという医療の基本、さらには、内臓一般に関して、いつでも対応できる技術を有した一般医を、まず育て、そこから専門医が生まれてくるという制度が、アメリカにおいては確立しているのです。

 

 ちなみにアメリカでは、厳格な専門医認定試験が施行され、それに合格して認定された医師の名が各州の衛生局に登録されます。

 

 この衛生局や医師会のリストが、患者さんにとっては医師を選ぶ際に、大変役に立つので

す。たとえば「開業医データベース」を開けば、内科もしくは外科の技術的に認められた素晴らしい医師の名のみならず、どの外科医が手術ミスによる医療ミスを起こしたかという情報までも記載されていますから、技術面からみた「良医」を患者さんが自ら選び出すことも不可能ではありません。残念ながら、ニッポンではそんなデータベースはありません。

 

 

週刊誌の「名医ランキング」は、何を基準にして選んでいるのか

 

 アメリカの患者さんは、どの病院に行ったらいいか、はっきりとした評価が定まっていますから、恵まれていますよね。ニッポンでは、こういうことはできないのでしょうか。

 

 実は、約十五年前、ニッポンでもアメリカのJCAHOを模倣して、病院機能評価機構が厚生省、日本医師会の指導のもとに企画されましたが、なぜか良く設立が延期され、ようやく一九九七(平成九年)に日本医療機能評価機構(JCQHC)が発足したことはしたのです。

 

 しかし、過去三年間に、全国九千三百弱の病院のうち、この認定を受けたのは三百八十七

病院しかありません。これは全体の四・一パーセントです。ほとんどの病

院は、認定されてもされなくても病院の収益には影響がないので、その評価を受けないとい

うのです。

 

 そればかりか、JCQHCの審査評価査定が、アメリカのJCAHOおよびHCFA審査に比べて、あまりにもその基準が甘いことも間題でした。最近NHKで放送された清水市立病院がその良い例です。

 

 しかもこの機構が発足してから、これまで審査を受けたすべての病院が合格というから、驚きます。何のための審査なのでしょう。厚生省は、この機構に予算を出していながら、なぜ四・一パーセントの病院しか審査を申請しないかについて公表しないか理解できません。ひどいものですね。ニッポン人のこの曖昧さが、外国からみると許せないのでしょう。ここにも、誰も責任をとらない、「顔の見えない」ニッポンの体質が表れています。

 

 こんな状態のニッポンで、病院機能や医師の質の評価がなされていない以上、医療ミスを防止する体制などできるわけがありません。極言すれば、ニッポンの医療ミスの原点は、こうしたニッポンの医療機能評価の遅れにあると言っても過言ではないでしょう。

 

 アメリカのHCFAのように、ニッポンの病院の医療報酬を我々の税金から支払っている厚生省が、まったく病院の機能がどうであろうと、医師の質がどんなに低かろうと関係なく、単に診療報酬請求明細書(レセプト)だけを支払いの基準にして、病院にお金を支払っているとしたら、まさに税金の無駄遣い以外の何物でもありません。そうなれば、当然、架空、付け増し、振り替えなどの病院の不正請求が多いのは当然のことでしょう。

 

 最近、週刊誌や月刊誌に「肺ガンや慢性肝炎が治る有名病院」とか「名医ランキング」のような記事が掲載されていますが、病院の機能ならびに医師の質の評価に基づかない格付けでは、それらの信用度に問題があると言わざるをえません。

 

 なぜなら、アメリカでは二重の審査、抜き打ちによる審査が行われ、さらにはインターネットでその評価が公表されているのに比較して、ニッポンでは誰もまともに病院の機能を正しく評価していないのですから。

 

 実際、私を取材に訪れたある週刊誌の編集部員に「あのランキングは、どうやって選んでいるんですか」と聞いたら、はっきりした返事をもらえなかった覚えがあります。

 

 たいした根拠もなく、勝手にランキングをつける記事も問題ですが、それをまともに信じる読者にも、危険なものを感じます。手術の成功率院内感染発生率、医療ミス発生率、専門医の数、病院の医療機器の種類など、具体的に数字を挙げてこそ、信じられるデータになると思うのですが……。

 

 このような無批判な状態では、本来なら避けることができる医療ミスは頻発するでしょう。ですから、はっきり言って、ニッポンでは、患者さんが安心して治療を受けられる病院を選ぶことは大変に難しいと言えます。

『名医発見』中野次郎(元オクラホマ大学医学部教授)著より

「良医」は、医学生を絶対甘えさせない!

 

 もちろん、医師のなかには、「名医」より「良医」と呼ばれる人たちがたくさんいます。

 

 私かこれまでの人生のなかで、心から尊敬し、師とも仰ぐ医師をひとり挙げるとすれば、コロンビア大学の内科主任教授(コロンビア大学)ラーブ先生の名を挙げるでしょう。ラーブ教授が、なぜ、素晴らしい医師であったか、少し長くなりますが、ここに書かせてください。

 

 ニッポンの大学ぽ学部の内科教授はたいてい四人ですが、アメリカでは、百名以上の内科教授かいる医科大学、大学医学部は少なくおりません。それに、非常勤の臨床内科教授を含めると、その数は優に二百人に達するでしょう。ニッポンの医科大学、大学医学部では、考えられないでしょう。

 

 しかも、これらの多くの内科教授の下に准教授、助教授、講師さらには何百人かの非常勤臨床内科教授がいるのですから、内科だけでもニッポンの医科大学、大学医学部全体の教授数を上回ることと思います。これらの多くの内科教授連の指導者が、内科主任教授であり、全米でも医科大学、大学医学部の数しか存在せず、内科主任教役といえば、医学界でももっとも畏敬される地位なのです。

 

 私がアメリカで会った多くの内科主任教授のなかで、もっとも印象に残っているのは、ラーブ教授です。彼はアジソン病の研究者で有名ですが、それよりも、多くの有名なアメリカの内科教授を育て、セシル内科教科書を現在のようにもっとも権威あるものにした功績は、何ものにも代えがたい価値ある業績です。

 

 彼は、有名なロックフェラー研究所(現在は大学)の科学者で、所長も兼ねていたユダヤ人の父とWASPだった母との間に生まれました。これについては、いろいろと社会間題になったそうですが、ここでは割愛します。

 

 彼は、総合大学も医学部もハーバード大学を卒業し、オスラー博士で有名なジョンズーホプキンス大学病院で内科の研修を受けました。その後、ドイツのミュンヘン大学で研究し、帰国後、コロンビア大学で内科助教授になりました。

 

 現在、EBM(科学的根拠による医療)という診療法が流行していますが、この医療が始められたのは、ラーブ教授が若かりしころ、活躍した一九三五-一九四五年ごろだったと私は思います。

 

 戦前のアメリカ内科医学界の(トルコ青年運動)が医学教育ならびに診療改革を始めたことは、わが国ではあまり知られていません。明治末期ごろ、東欧に栄えたオスマンートルコ帝国がサルタンの独裁政治でトルコ内外の人々を苦しめた時、若いトルコ人たちが大革命を起こした若者の政治家たちのことです。それまでアラビア流であったトルコ語の書き方が英語のようなア  ルフアベットに変わったのも、彼らの業績のひとつでしょう。それは、日本語がすべてローマ字になったような大改革でした。

 

 第二次世界大戦前、アメリカ内科学会という「城」から、Annals of Internal Medicineの雑誌を発行し、それまでの陳腐な内科医療を指導していた内科教授連に反抗し、若い内科助教授、講師、助手たちが、若い専門医たちに檄を飛ばして革命的な内科診療の運動を起こしたのです。

 

 彼ら、若い医師たちは学会を創立し、現在でも繁栄し続けているJournal of clinical investigationを創刊し、新しい内科の基礎を作り上げたのです。

 

 当時、若い助教授であったラーブ先生も、この運動に参加した新進気鋭の内科医でした。彼は生化学と生理学を内科の診療に取り入れて、アジソン病の電解質と水分の変化を研究し、これらをもとに、治療を始めました。いまなら医学生の誰もが知っている病気のメカニズムですが、そのころでは画期的な臨床研究であり、治療法だったのです。

 

 以後、彼は、准教授、内科教授、さらには内科主任教授に昇進しました。人々の噂では、前任のパーマー内科主任教授が、心臓カテーテルノーベル賞を受賞したグーチン、リチャード両教授の研究を妨げたため辞任に追い込まれた後、まだ若いラーブ先生が内科主任教授に昇進したのです。それはともかく、コロンビア大学では、内科主任教授は、約百人の内科教授ならびに臨床内科教授のうえに君臨する地位でランバート財団が教授職を寄付したので、と呼ばれ、アメリカの百二十以上の医科大学、大学医学部のなかでもっとも畏敬されていた地位でした。

 

 私かラーブ教授に初めて紹介された時、彼は五十五歳ぐらいであったと思います。

 

 少し紅色の顔に、プラチナのような白髪がふさふさとしていて、若いころはさぞ美男子だったであろうと思われるほど、ハンサムな紳士でした。実際、美形の顔だけでなく、若いころから厳しいアイビー・リーグの医療機関で研鑚されていたので ニューインタランドの生活様式や学究態度がにじみでている性格で、まるで演劇の台詞のように話す彼の会話、発音、討議に、医学生たちはかなり圧倒されていたようでした。

 

 コロンビア大学病院であるコロンビア・プレスビテリアン・メディカル・センターで受けた印象は、医学生や医師がどんなに優秀な成績をあ・げても、またどんなによい仕事をしても、ラーブ教授から決して褒められないということでした。なぜなら、彼らはそれが当然とみなされていたからです。しかしいったんヘマをしたり、サボつたり、遅刻したりすることは絶対に許されないことでした。それが、いわゆるアイビー・リーガーの掟のようになっていました。

 

 さらにすごいことは、ラーブ教授は沈黙して何も表現しない医学生や医師を人間として扱わないことでした。私が見ても素晴らしいと思える医学生や医師たちに対しても、(彼は賢い医師だ)とは呼ばずに(彼は批判的なヤツだ)と呼ぶだけだったのです。あまりにも、まわりに優秀な人やインテリが多いため、彼らは少しも素晴らしい人材ではなかったのです。

 

 私は、当時、内科の助手でしたが、アメリカの医学生臨床教育を見学したいからと、特別の許可を得て、ラーブ教授の医学生回診に受け入れてもらいました。

 

 アメリカでは、臨床医学教育には、多くの常勤または非常勤のプリセプター(臨床教官)のなかの一人が、三年、四年生医学生二人を毎日受け持っていました。内科教授、特に主任内科教授の回診には、週に一回、内科レジデント(研修医)と五、六人の医学生が従いました。

 

 医学生たちは、レジデントから、どのような病気を持った患者さんをラーブ教授に見せるか、前もって知らされていたので、その病気について、教科書はもちろん、雑誌の記事を読んで相当な知識を持っていましたが、教授の前では、緊張して何も言えず、なかには震えている者さえいました。親しくなった医学生のフレッドに尋ねると、教授に質問されると、掌に冷や汗が出て、早鐘のようになる心臓の鼓動を制することすらできなかったと言っていましたから、医学生たちはかなり緊張していたにちがいありません。

 

 コロンビア大学の医学生は、頭脳が素晴らしいだけでなく、金持ちの子弟が多かったように思えます。しかし、彼らは、家で甘やかされて育ったような者はひとりもいません。患者さんの診療に伴う汚い仕事もてきぱきと責任を持って励んでいました。

 

 そんなある日のことです。

 

 ラーブ教授が、医学生と回診を始め、ベッドサイドで患者さんを前に教えていました。

 

 その時、医学生の一人が二分遅れて病室に入ってきました。医学生はエレベーターが故障して遅くなったと、教授に弁解をしたのですが、教授は彼を許しませんでした。

 

 「医学生は、学生といえども医師のように振る舞わなければならない。医師がもし遅刻をして緊急患者の診療に遅れたら、命にかかわる。医師になる医学生の遅刻は、絶対に許さない」

 

 と言うのです。医学生はがっくりとうなだれて、病室を出ていきました。遅刻することを何とも思わないニッポンの医学生は、アメリカの厳しい状況を知りません。

 

 それだけではありません。教授は、いかにカルテが医師や患者さんにとって大切であるか、囗が酸っぱくなるほど、医学生や研修医に強調していました。医学生が必要なことを略したり、不要なことをだらだらと書いたり、まずい英語でカルテに病歴を書くと、

 

 「君はどの大学で何年間、英語を習ったのか」

 

 と、激しく医学生を叱りました。そして、カルテが充実するまで、何回も何回も書き直させるのです。彼の下で研修を受けた医師たちが書いたカルテを読むと、間診だけでいかに多くの情報が得られ、正確な診断が得られるか、私は、この時、実感したのです。

 

 ラーブ教授は、ニッポンから教授が訪れると、いつも私に通訳を命じるとともに、会話を豊かにするために、必ず私をオフィスに呼びました。ニッポンから来る医師に対して、失礼のないようにしようという温かい気持ちが私にはよく感じられました。

 

 そんなラーブ教授でしたが、ある時、こんなことがありました。

 

 ニッポン人のカメラ好きは有名ですが、ニッポンから来たあ・る内科医がラーブ教授が聴診しているところを撮ろうとフラッシュをたいたのです。ラーブ教授は、その時も遠慮せず、激しくニッポンの教授を叱りつけました。

 

 「患者さんにもプライバシーかおる。許可もなく写真を撮るとは何事だ。医師は患者さんの気持ちをまず第一に考えなければならないのに、平気でシャッターを押すなんて……」

 

 私は、そのことをニッポンの某教授に伝えると、彼は頭を下げ、小学生の子供のように患者さんに謝ったのです。

 

 医師がこんなことで患者さんに謝る姿など、ニッポンでは絶対にないかもしれません。ここにも、アメリカとニッポンの医師と患者さんの関係の違いがあるようです。

 

 私は、そんなラーブ教授を尊敬しました。そしてたくさんのことを学びました。

 

 アメリカでは、医師にとっては学歴などまったく信用されないこと。相王がどんなに偉い人でも、病状に関する正しいことは正しく伝えること。患者さんとは対等で、ともに病気と闘っていくこと……などなど、教えられたことはたくさんありました。

 

 私かコロンビア大学を去ることになり、教授に別れを告げた時、恐れながら、教授の写真を一枚ほしいと申し出ました。すると彼は快く、一枚のポートレートを秘書に命じてくれました。

 

 私はいまでもその写真を壁に掲げ、彼の言葉を回想し、自分を励まし謙虚な心で患者さんに向かい、確実な診断と周到な診療を思考することを、いつも自分に言い聞かせています。

 

 検査だけに頼って診断を下す医師は、決して「良医」ではありません。

『名医発見』中野次郎(元オクラホマ大学医学部教授)著より

ニッポンとアメリカ、患者さんと医師の「立場」のちがい

 

 すでにご存じかと思いますが、ニッポンとアメリカでは、医師と患者さんの関係に大きなちがいがあります。

 

 たとえば、ニッポンの総合病院の外来では、「三時間待ち三分診療」と言われるくらい、相変わらず多数の患者さんが待合室に押し寄せ、診察の順番を待っています。多忙な患者さんにとっては、この「三時間待ち」は、たとえ、そういうものだとわかっていても、肉体的にも精神的にも耐えられない苦痛を味わっているにちがいありません。

 

 予約制度があるといっても「大変診察が混んでおりますので、九時の予約の方は、九時半から十時半の間に診察をいたしますので、もうしばらくお待ちください」などというアナウンスを間くと、「いったい、何時に診察をしてくれるのだ」という怒りさえ覚えてくるのも当然のことかもしれません。

 

 一方、アメリカはどうなのでしょうか。その答えは簡単です。アメリカでは、多くの患者さんが総合病院の外来で受診することはありません。

 

 大学病院、市民病院といった特殊機能病院では、開業医に紹介された少数の患者さんが予約して診察を受けるので外来の待合室が混んでいることはないのです。もちろん、入院中の患者さんの治療は先端技術を駆使して行われています。

 

 つまり、アメリカの総合病院は、入院患者さんを診療する目的のみで存在しているのです。

 

 なぜ、ニッポンでは「三時間待ち三分診療」なのかについては、『誤診列島』に詳述した

ので、ここでは省きますが、こうしたニッポンとアメリカの病院のちがいのなかで、私がもっとも差異を感じるのは、救急室です。

 

 ニッポンでは、いわゆる「救急センター」と呼ばれる施設以外の総合病院の救急室は、設備が不完全であることも多く、緊急治療が貧弱であると批判されています。救急室に救急専門医が終日常勤しているわけでもなく、救急のための設備が完備されているわけでもありません。

 

 ですから、高熱や腹痛、下痢などに悩む救急の患者さんが緊急に医師の診察を受けることもできないという例は、枚挙にいとまがありません。しかも、なかには、外来の患者さんと混同され、ときには四、五時問も診察の順番を待っていたという例もあるほどです。

 

 医師にとっても、この救急室の不備は負担が増えます。たとえば、ひとりの救急の患者さんの診察に長時間要すれば、一般の外来の患者さんをまた必要以上に長く待たせることになるからです。小児科医が少なくなった現在、いちばん恐怖を覚えるのは急病で苦しむ子を持つ母親です。厚生省は何一つこの間題に対する政策を持っていません。

 

 最近、浜辺祐一氏の『こちら救命センター』を読み、彼の活動に深く感銘しました。そし

て、東京都民のために「ハレルヤ」を叫びました。悲しいのは、ニッポンにはあのように素晴らしい救急室のある病院があまりにも少ないことです。換言すれば、アメリカのほとんどすべての病院には、ああした救急室に浜辺さんのような救急医がいるので著書のなかの多くのエピソードには驚きませんでしたが、彼のような活動こそ、今後のニッポンの医療に求められているものでしょう。

 

 アメリカでは、自動車事故、銃による外傷、麻薬などの患者さんが多いため、総合病院の救急室は大変によく完備されています。常勤の医師もいて、小さな総合病院でも、つねに三人の救急医が待機しているほどです。まして、大きな総合病院では、テレビドラマの「ER」に見られる野戦病院のような光景が、つねに展間されていると言っても過言ではないでしょう。若いころ、同じような経験をした私は、いつも「ER」を見ると激しいノスタルジアを覚えます。

 

 救急医療に携わる医師や看護婦さんたちも大変です。終日、激しいストレスのなかで忙しく働きますのでたとえ八時間交代の制度があっても、「燃え尽き症候群」に陥ることも不思議ではあ・りません。

 

 ニッポンとアメリカのちがいを見ていきますと、医師はどちらの国でも大変に忙しく働いているのに対し、アメリカの患者さんの方が、同じ病気にかかったニッポンの患者さんに比較して、医師から必要かつ十分な治療を受けているということがよくわかります。

 

 なぜ、アメリカの患者さんは、ニッポンの患者さんに比、べて、十分な治療を受けられるのでしょうか。

 

 それは、アメリカの医師が診る患者さんの数が圧倒的仁少ないからです。あえて言ってしまうと、ニッポンの患者さんが十分な治療を受けられないのは、ニッポンの医療制度に不満を持ちながら、国民皆保険制度かおることをいいことに、不必要な薬をもらおうと群がる多くの患者さんたちにも責任かおるということです。

 

 もちろん高価な薬を処方することによって、患者さんを薬漬けにしている病院側の経営にも間題はあります。しかし、私から言わせれば、ニッポンの人たちが満足な治療を受けられないのは、極端なことを言えば、患者さんの自業自得という部分もあるということを知っておいてほしいのです。さらにアメリカの医療費がニッポンの数倍であることも大きい要素だと思います。

 

 患者さんの数が多ければ当然、インフォームドーコンセントをする時問もありません。膨大な数の患者さんに接するため、当然、医師は交代しますから、総合病院の外来を訪れるたびにちがう医師に診てもらうことになり、医師と患者さんの信頼関係をつくることもできにくくなります。

『名医発見』中野次郎(元オクラホマ大学医学部教授)著より

医師がいったん嘘をつくと、その嘘が次の嘘を呼ぶ

 

 嘘は嘘を呼びます。

 

 これは、医療にかぎったことではありません。毎日のように嘘をつく政治家が、嘘を正当化しようとしてさらに嘘をつくことになることは、多くの人がニュース等で知らされています。

 

 人間である以上、嘘を長く続けることは激しいストレスを伴います。その点で、アメリカで長い医療生活を体験した私は、患者さんに対してガンの告知をするのが日常であったので、ガンの患者さんの治療に際して、無用のストレスを感じることがなく、気が楽だったように思います。

 

 アメリカでは、老若を問わず、遺言を残すことが常識ですから、致命的な病気になる可能性の大きいガンの患者さんには、必ず、ガンの告知をしなければならないのです。なぜなら、ガンにかぎらず、いかなる病気でも、末期症状が表れると、人間として、自分の死後についての計画を作らなければならないからです。

 

 告知をしないということは、その人間としての最後の権利を侵害することになり、医師は医療ミスとして訴訟になれば、裁判で敗訴することは間違いないのがアメリカという国なのです。

 

 私も若いころ、研修医になって、死に直面する患者さんをケアする時に、その困難を感じながら、そのアート(技)を磨いていきました。医師になった以上、告知は、避けることのできない宿命なのです。

 

 最近になって、ようやくニッポンでも、告知を望む人が多くなってきました。医師たちのなかでも、ガンの告知が上手な人たちも増えてきました。言い換えれば、嘘をつけば、その嘘を正当化するために、また嘘をつかなければならないこと、さらには、よほど上手な嘘をつかないかぎり、先の渡辺さんの作品のように、患者さんを完全に騙すわけにはいかないことを、医師たちもわかってきたのでしょう。

 

 もちろん、非常に少数ですが、告知によって激しい精神的な打撃を被る患者さんには、軽率にガンの告知をすることは控えなければなりません。

 

 そうしたことを含めても、私は、ガンを告知する時に、絶望感を与えないのが、良い医師の条件であると思っています。

 

 「人間は、必ず、死ぬ」という宗教観を教え、ガンは人生の過程にあるひとつの現象として、患者さんに諭すのが医師の使命ではないかと思うからです。

 

 しかし、そうしたことを患者さんに伝えるにしても、その医師に対して患者さんが相当の信頼を置いていなければ、そうした説諭は通じない。患者さんは、医師に、アメリカでよく言わ  れるルネサンス的な人間像(豊かな人間性を持つ人)を求めているからです。

 

 「初めに言葉ありき」。まさに、医師と患者さんの関係のなかに、人間同士が信じ合える言葉が存在し、通い合うことが必要なのです。

 

 医業とは、この世でもっとも難しい職業かもしれませんね。

 

「あと何力月生きられますか」と聞かれても、医師に余命はわからない

 

 ガンが発見されて、それがすでに手遅れで各所に転移していたため、もう手術はしないと医師が決断する場合が多くあります。

 

 そんな時、患者さんの家族は、だいたい事情を飲み込んだうえで、「あと何年生きられるでしょうか」と主治医にしばしば尋ねます。そうした時、医師は普通、「六ヵ月もったらいいと思います」などと言うでしょう。これは、一種の「死の宣告」です。

 

 しかし、医師は、患者さんの死期を正確に千言できません。ですから、「六ヵ月もったらいいと思います」と医師があえて言うのは、「いつ亡くなるかわからないけど、自分の力づ少なくとも六ヵ月は死なせることがないように治療していきます」ということだと思ってください。なぜなら、余命六ヵ月と言っておいて、七ヵ月、八ヵ月生きていたら、患者さんの家族は、医師にそれだけ感謝するからです。つまり、医師にとって、それだけガンの患者さんの死期を予言することは至難の業なのです。

 

 私も、実は、それで大変な経験があります。

 

 私の患者さんで、中村美也子さん(仮名)という裕福な婦人がいました。実は、彼女は私の患者さんになる数年前に、乳ガンが見つかり、脇のリンパ腺に転移していました。そして、手術後、外科医は、彼女の余命は一年しかないと宣告しました。

 

 余命一年という宣告は、厳しいものです。しかし、彼女は、いったんは落ち込んだものの、やがて「どうせあと一年しか生きられないのなら」と、財産を始末し、英語の堪能な三十五歳の姪を連れて、六ヵ月の世界一周豪華客船クルーズに乗り込み、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、そして南太平洋をまわって、楽しい毎日を過ごしたのです。

 

 そして、一年目。彼女の病状はそれ以上進展することもなく、通院してきました。彼女は、「今年一年、また楽しもう」と、ハワイで覚えたフラダンスに夢中になり、二年、三年と元気ですごし、結局、外科医に「あと一年」と宣告されてから、なんと二十五年目に脳梗塞で亡くなったのです。乳ガンの進行は止まっていたのです。

 

 外科医の予言が、まったく当たらなかったおかげで彼女の人生に悔いはありませんでした。ただ、ひとつだけあったのは、彼女の姪が、世界旅行から帰ってきて五年目に乳ガンを患い、二年後に他界したことでした。

 

Watch your language, Doc!

 

 私は、中村さんの手術をした外科医と、彼女の姪を診た医師に、そう叫びたい気持ちでいっぱいでした。

 

 医師が発する言葉には、命にかかわるだけに、大きな責任があるということをもっとニッポンの医師たちは、わかってほしいと思います。

『名医発見』中野次郎(元オクラホマ大学医学部教授)著より

注入法を受けるときの注意点

 

 「注射でOOがなおせる」

 という宣伝文句をよく目にするでしょう。たしかに施行に時間はかかりませんし、受ける側としても簡単そうに感じると思います。

 しかし、「プチ整形」という形式で行われる、各種注射による美容目的の治療を受ける際には、注入される物質がどのような効果と副作用をもっているか、たとえば六ヵ月で消失するのであればどういう過程で体外に排泄されるのか、あるいは不活性化されるのかなど、施術を行う医師に詳しく尋ねる必要があります。何しろ美容目的で使用されるこれらの物質は、二〇種類にもおよぶのです。

 注入物のなかには、プラスチックのようなものが、小さな球形として含まれていることもあります。注入物内の小さな異物は、体外に排泄されることなく、ほぼ永続的に体内に残ります。

 注入法は、リスクと得られる効果を考え、あなたの理解のもとに施行されるべきものです。もし、六ヵ月後に注入物が完全に安全に消失するのであれば、ためしに鼻を少し高くしてみようといった目的で、これらの注入法を受けることはよいことかもしれません。しかし、このような使用方法は、場合によってはひどいしっぺ返しをあなたに与える危険性があることを理解しておいてください。

牛由来のコラーゲン注入

 いくつかあるコラーゲンの充填法のうち、歴史が古いのは牛由来のコラーゲンを利用するものです。コラーゲンを注入することによって、シワの底上げは達成されます。この効果は三ヵ月から六ヵ月続きます。その後、注入されたコラーゲンは体内に吸収され、もとの状態に戻ってしまいますから、この方法でシワに対処しようとするのであれば、三ヵ月から六ヵ月おきに注入を繰り返していく必要があります。

 注入されるコラーゲンは、粘度の高いものと低いものがあり、どれを使うかはシワの場所や術者の経験を加味して選択されます。

 このコラーゲンを注入するということは、牛の皮膚の一部がどのように処理されているかにかかわらず、人間の体内に取り入れるわけですから、アレルギー反応を起こす可能性があります。ですから、少なくとも四週間から六週間前にテスト注射を行い、本剤に対しアレルギー反応が生じないことをたしかめておく必要があります。ただ、このアレルギー反応は数回使用した後に突然に起きることもあります。確率としてはたいへん低いものですが、ゼロではないことを知っておいてください。

 このコラーゲン注射を顔面や身体の増大目的に用いることは、アメリカのFDA(食品医薬品局)は認めていません。また、牛由来であるがゆえに、現在、BSE狂牛病)との関係が取りざたされています。このことに対する製造業者の安全性の説明は、

 「使用されているコラーゲンは、アメリカのある場所で特殊に飼育されている牛から採取されており、狂牛病の危険はない」

 というものです。詳しくはコラーゲン株式会社か、またはFDAに問いあわせてみてください。

そのほかのコラーゲン注入

 このコラーゲンもしくはコラーゲン類似物質のなかには、自分の皮膚の一部を用いてそこから直接つくりだしたコラーゲンを注入するオートデルムと呼ばれる方法や、耳の後ろなどから採取した真皮層を培養して得られるコラーゲンを注射するイソラーゲンという方法も開発されています。

 ただし、オートデルムはかなりの大きさの皮膚を自分の身体から手術をして切り取る必要があります。効果は永久的ではないため、再度この方法でシワの治療を試みようとすれば、新たに皮膚を切り取っていく必要が生じます。

 一方、イソラーゲンはたいへん優れた方法に思えますが、一つの注射に対するコストが非常に高くなることと、従来のコラーゲン注入法と比べて効果が限定的なのではないかと考えられています。

 

体形を変える手術の予後

 

 タミータックをはじめ、ボディリフトや脂肪吸引後には、ガーメントと呼ばれるかなり強力な下着を二、三ヵ月にわたって着用していただくことになります。

 術後の痛みは通常あまり強くないものですが、ときに一定期間痛みが残ることもあります。ただし、脂肪吸引の術後の痛みは個人差が大きいため、その程度を術前に予測することはできません。標準的な脂肪吸引を行った際は、二週間ほど仕事を休むとよいでしょう。

脂肪吸引後に気をつけること

 少量の脂肪吸引を上手に行った場合、その手術的侵襲は小さくてすみますが、ある程度以上の脂肪吸引を行った場合、その手術的侵襲は予想以上に大きくなる可能性があります。こうしたことを考えると、脂肪吸引は入院設備のある医療施設で受けるほうがよいといえます。

 また、この手術において、静脈血栓や肺塞栓、脂肪塞栓症候群といった重大な合併症の報告がないわけではありません。術後、発熱やがまんできないほどの痛み、意識の混濁などが  あれば早急な対応が必要です。

術後の体形を保つリハビリ方法

 脂肪吸引後に一定期間ごと、体外照射型の超音波もしくはLPG社のエンデルモロジカル療法のような理学的療法を受けることは、よりよい手術結果を保つうえで効果的だとされています。脂肪吸引をしたら終わりとするのではなく、そのあとのケアも大切なのです。

 このように考えてみると、理学的な処置でセルライトの治療を行い、ダイエットも心がけ、それでも残る脂肪層に対しては脂肪吸引を行い、さらに一定期間脂肪層の理学的ケアをしていく、という一連の治療過程が求められているのです。